第二十話(3)

「あら。充分、自分の立ち位置が理解できているじゃない」

ルチアは嘲笑する。

それは間違っていない。けれど、僕はあくまでも現在仕入れている情報から自分の立ち位置を吟味したうえで述べているだけに過ぎなかった。

だから、僕の考えは一般の考えとは違うだろう。

恐らく、メアリーやルーシーの考えとも違うはずだ。或いは今、僕たちは三種三様の考えを持っているのかもしれない。彼らの行動が誰の考えによるものなのかは定かでは無いが。

「……話を長々としてもつまらないでしょう。だから、ここは簡単に私が知っている情報をある程度提示しましょうか。それによってどうなってしまうかは、また、その情報を得てあなたがどう決断するかはあなたの判断に任せます。それはそれで、私は自分にメリットがあれば行動するだけに過ぎないのだから」

「決断、行動……ね。確かにそうかもしれないな」

実際問題、僕はずっと考えていた。

それはこの世界で再び目を覚ましてから、ではない。僕がずっとこの世界にやってきてから、考えていた。

僕がこの世界を助けることで、僕自身にメリットが生まれるのかということについて。

僕はゲーム屋に居て、気付けばこの世界にやってきていた。そのことについて僕は細かくメアリーたちに教えてはいない。それは僕がこの世界にやってきた意味を、僕自身が理解していないからだ。

予言の勇者だから。世界を救うためにお告げがあったから。召喚されたから。

そういうことじゃない。そんな、御託を聞きたいわけじゃない。

問題はたった一つ。

僕が呼ばれて、この世界を救ったことによって、何かメリットは存在するのかということについて。

確かにそれを考えるのは、人間として間違っているのかもしれない。世界の危機なのだから、個人のメリットなど考えず進むのが一番だ、と。けれど、それは僕の中では一つ禍根を残すこととなっていた。メアリーもルーシーも、そしてレイナも、僕の知らないこの世界の人間みんな、様々な目標をもって生きているはずだ。メアリーとルーシー、それに彼らが率いる軍隊? のような組織は恐らく『世界の再興』を望んでいるのだろう。そしてそれはサリー先生率いるこの組織だって変わらないはずだ。もし目標が一緒であるならば、同盟を組んで行動したほうが一番な気がしないでもないけれど、あまりそれは進言しないでおこう。きっと彼らも気付いていて、それに違和感を覚えているのだろう。どうして、彼らは徒党を組むことはしないのか、ということについて。

問題は僕の立ち位置だ。

僕がこのままこの組織に居ることをよく思わないのは、きっとメアリーたちだろう。メアリーは僕を助けるために行動してくれたのだと、ルーシーが教えてくれた。この十年間、僕をずっと探していて、なぜか宇宙に居たのだという。それはそれで気になるところではあるけれど、それよりも僕の立ち位置が重要だからあまり考えないでおく。

僕の立ち位置をどうするかによって、この世界の未来が決まる。

そう言っても過言ではないだろう。メアリーたちの組織に居ても、サリー先生の組織に居ても、恐らく世界を再興させるために行動するはずだ。それがどういうプロセスを踏むのか、によって若干異なるのかもしれないが。

それについて考えるにはあまりにも時間が足りない。サリー先生から提示されたタイムリミットはそう長い時間では無かったはずだ。その時間で僕がこの世界の現状を理解して、今この世界で暗躍している組織のパワーバランスを理解して、そして客観的に見てどの組織につくか考えるには、あまりにも時間が足りなすぎる。

「ここで、長々と考えていてもこの世界は何も変わらないわよ」

軈て、ずっと考え事をしている僕に飽き飽きしてきたのか、ルチアは溜息を吐いた。

それを見てなぜか僕は申し訳なくなった。目の前に居るのは、かつての敵だ。だからそのような気遣いなど本来であればする必要は無い。けれど、今の状況を考えると敵も味方も関係ないように思えた。

昨日の敵は今日の友、という古い言葉があったような気がするけれど、今まさにその状態であることを、身を持って実感していた。

「君はどうなんだ?」

「……は?」

「君の立ち位置から、僕はどう行動すべきかどうかアドバイスが欲しい。もちろん、あくまでも要望の一つではあるけれど」

「何を言いたいの。解っているのかしら。あなた、こんな状況でも他人に意見を求めるつもり? これは確かにあなただけの問題ではないかもしれないけれど、決断するのは、最終的に行動するのはあなたでしょう。だから、あなたが決めないで誰が決めるのよ。それに、アドバイスなんて不要と判断できる。これは誰も経験したことのないことなのだから、あなたが思ったほうに進めばいい。ただそれだけの話。私にとってみれば、別に面白ければどうだっていいわけなのだから」

「面白ければ、どうだっていい、か……。つまり、つまらない方向には進みたくない、と」

「当然でしょう?」

さも当たり前のように、ルチアは首を傾げ溜息を吐いた。

僕を嘲け笑うように、彼女は冷たい眼差しを僕に送っていた。

「とどのつまり、簡単な話。人生は一度きりなのだから、自分が楽しいように生きていったほうが結果としていい方向に進むというだけのこと。別に悪いことではないわよね。だって、好きに生きて何が悪いのよ?」

確かに、それは間違っていないかもしれない。

ただし、欲望はある程度セーブしておかないといけない。この世界は共同生活を送る世界だ。だから、そのための秩序(ルール)が存在している。その秩序を守らない限り、世界は、正確に言えばほかの人がそれを負担するか穴埋めする必要がある。

それをしたくないから、それをしてほしくないから、考えられたのが秩序だ。

そしてその秩序を破壊することは、巡り巡って自分の生活を脅かすことも考えられるとうことだ。まあ、そういう人間は大抵『今が良ければそれで良い』という人間ばかりなので、未来のことなどノータッチなのだろうけれど。

「でも、僕は……」

「元の世界に帰りたい?」

ルチアは僕が言いたかったことを先回りして言ってきた。

それについて直ぐに頷きたかったけれど――なぜか出来なかった。なぜそれが出来なかったのか、今の僕にはさっぱり理解できなかった。

「まあ、その気持ちは私には理解できないわ。だって『世界を移動する』ことなんて普通の人間には有り得ないことだもの。そもそも、あなたは予言の勇者としてこの世界にやってきた、異世界人。そしてあなたにとってこの世界もまた、異世界。あなたはいったい異世界で何をしようと、何を成し遂げようと考えているのかしら?」

異世界で、何をしようとしているのか?

それを僕に聞いたところで、何が始まるというのか。

そしてそれを、ルチアは理解しているのか。

「……それについてあなたに聞いたところで何が始まるか、と言われたところで私も何も解答出来ないのだけれど」

ルチアはゆっくりと歩き始め、やがて立ち止まる。

それを見ていた僕は思わず首を傾げていたが、

「とにかく、あなたがどういう決断をするにせよ、我々は我々の行動をとる。それが間違っているか、少なくとも私にとってはどうだっていい。ただ面白ければ……ね」

そしてルチアは扉から姿を消した。

いったい何がしたかったのか、その時の僕には理解できなかった。

 

◇◇◇

 

その頃、飛空艇。

メアリーとルーシーが作戦会議をとっていた。

通常、作戦会議とはある程度の地位についている人間が集まって行われるものだ。しかしながら、この会議は少々特殊なものであって、ルーシーとメアリーの二人だけ、しかも会議開催中は部屋に誰も入れない、という徹底ぶりだった。

「シルフェの剣は、まだ力を解放していない……。メアリー、それってほんとうなのかい?」

ルーシーの言葉にこくり、と頷くメアリー。

メアリーの話はさらに続いた。

「そうよ。けれど、その情報は古い石碑に載っていただけだから、確証は掴めないけれど」

「……そうか。でも、それはかなり大きいな。もし相手もそれを知っているなら、フルにそれを持ち掛けるだろう。そしてそれを狙えばいい。……ちなみに場所は?」

「ガラムドを祀っている神殿があることは知っているでしょう? あそこに力が封印されているとのことよ。ガラムドの力を使えば……、きっとオリジナルフォーズを封印することも出来るでしょうね」

光の神殿。

それはメアリーが言った言葉だったが、ルーシーもまたその言葉は数か月前から知っていた。もっといえば、それがどこにあるのかということまで理解していた。

光の神殿はガラムドが育った場所に建てられた神殿だ。正確に言えば、ガラムドの墓を取り囲むように作られているそれは、神殿も含めて巨大な墓所のようになっている。

神殿にはガラムドの力が封印されていることが古い文献から判明し、その力を求めるだろうと予測したメアリーたちはそこへ向かおうと考えていたのだが――。

「でも、あそこに向かうことはできなかったはずだ。そうだろ、メアリー」

それを聞いたメアリーはゆっくりと頷いた。

「ええ、そうよ。あそこには、普通の人間は行くことができない。そもそも、もともとあの神殿は『ガラムド教』の本拠地があった場所。城下町という言い方は間違っているかもしれないけれど、神殿に神官たちガラムド教のトップが住んでいて、それを崇拝する人々が住む形となっていた。……おかげで今じゃ『復った』人だらけよ。まったく、そういうことを考えたことはできないでしょうけれど」

ガラムド教は今でこそ散り散りになってしまっているが、かつては光の神殿を中心として確固たる王国勢力を作り上げていた。王国ではない別の勢力として語られていて、町に入るとその国の法が適用されない。治外法権、という言い方が一番正しいかもしれない。

強固な勢力を作っていたガラムド教だったが、今では『復りの刻』になると多くの人型が存在する空間になり果ててしまった。

「だが、あの神殿に向かうには空からじゃ不可能だ。……向かうとしたら、どうにかして地上を通っていくしか方法がない。それは君だって知っているだろう?」

その言葉にメアリーは頷く。

ルーシーの言葉の通りだった。光の神殿は山の上に建てられている。しかしながら、その周辺は山脈が連なっていることと気流の関係上空から向かうことができなかった。向かうとしたら長い山道を歩く必要がある。

昼の時間は問題ないだろう。しかし、夕方になれば『復り』が始まる。そうなってしまっては絶望の境地といっても過言ではない。その場を乗り切るのは並大抵の実力を持った人間では不可能だろう。

「行くとしたら僕とメアリー、それにレイナも行けるだろう。はっきり言って、この船の戦闘員はそこまでレベルの高いものではない。それは君だって理解しているだろう?」

「当り前じゃない。私はこの船を束ねているのよ。それくらい理解していないで、何が船長よ」

「そう言ってもらえて何よりだ。そうでなければ、この船を任せた人たちに顔向けできないからな」

「それはあなたに関係ないでしょう? ……というのは、愚問だったね。とにかく、フルをどうにかしないといけない。それはあなたにだって解っていることだと思うけれど、私としては光の神殿に到達させてはならない。そう思っていた。だから、フルを……」

「ここで手放したくなかった、だろ?」

ルーシーの言葉を聞いて、俯いていたメアリーは顔を上げた。

ルーシーは目を細めて、どこか悲しそうな表情をしたまま、

「知っているよ。それくらい。僕たちはどれくらい一緒に過ごしてきたと思っているんだよ。どれくらい共にいて、どれくらいフルをどうやって、世界をどうやって復興させようか考えたか。それくらい、解って当然だろ」

ルーシーの言葉を聞いて、メアリーは何度も頷いた。

「ありがとう、ルーシー。やっぱりあなたと一緒にここまで来れてよかった」

「それくらい当たり前だ。フルを助けるため、そして何よりも世界を救うためだ。そのくらい、どうってことはないよ」

そうして、二人の会話は終了した。

 

◇◇◇

 

メアリーの部屋を後にしたルーシーは一人考え事をしていた。

それは彼女のことについて。そしてフルのことについて。

彼はずっとメアリーを十年間支えてきた。フルが敵に捕まってしまい、オリジナルフォーズが復活してしまい、それでも――彼女はずっとフルのことしか見ていなかった。

もっといえば、十年間ずっと傍にいたルーシーのことなど気に留めていなかった。

「……メアリー、ずるいよ。確かにフルのことは大切だけれど……」

ルーシーは焦っていたのか、爪を噛む。

しかしながら、苛立ちを隠しきれないところで何かが始まるわけでもなかった。

だからといって、このままメアリーがフルにずっと一直線で進んでいくのも、ルーシーにとってみれば気分の良いものではなかった。

ならば、どうすればよいか。

『……辛いねえ』

声が聞こえた。

その声は、彼の頭の中に直接響く形だったが、しかしながら、彼はすぐにそれがどこかに居るのではないかと探し始める。周辺を見渡しても、当然ながら誰も出てこない。

「どこだ。誰だ、どこにいる」

『目の前。目の前にいるじゃないか』

そういわれて、ルーシーは正面を向く。

そこに立っていたのは――否、正確には浮いていたのは――一人の少女だった。

黒いワンピースに身を包んだ少女は、八重歯を見せつけるように笑みを浮かべていた。そして嘗め回すように、ルーシーの身体を睨み付けている。

「……お前は、いったい何者だ」

ルーシーの問いに、つまらなそうな表情を浮かべて、少女は言った。

『私は、「シリーズ」。かつて、世界をはじめから作り上げた神が、世界の次に作り上げた存在のうちの一つだよ。ま、それを考えると人間の先輩にあたるのかもしれない。今は分け合ってこんな姿をしていて、なおかつこの世界にやってきたわけだけれど……。どうだい、ルーシー・アドバリー。私と手を組まないか?』

「手を……組む、だと? そんな、得体のしれないお前とか?」

ルーシーが怪訝な表情と疑問を浮かべるのも当然だった。見たことのない、敵か味方かも解らない存在を簡単に信じるわけにもいかない。

先ずは、話をきっちり聞く必要がある――そう思って、ルーシーは少女を見つめていた。

『まあ、そんな緊張するなよ』

対して、少女は砕けた口調になって溜息を吐いた。

そしてルーシーの周りを一周くるりと回転すると、ゆっくりと床に着地した。

『私はただ、あなたに協力しようって言っているんだからさ。私と手を組めば、いろいろと楽だぞ。少なくとも、あなたが今思っていることはいずれ達成することが出来るぞ』

それを聞いたルーシーは耳を疑った。

なぜそのことを知っているのか。誰にも言っていないはずだったからだ。

シリーズと名乗った少女は指を振った。

『その表情は、なぜ解ったのか……って表情だね。まあ、それくらい簡単だよ。心を読めるからね。心を読めば何だって解るよ。今日のおかずのこととか、今一番考えていること。例えば、そう! ……思い人を奪われるかもしれない、っていう悩みもね』

「なぜ……それを……」

『だから言ったじゃないか。何度も言わせないでくれよ。それとも、記憶障害でも抱えているのかい?』

くるり、と回転して不敵な笑みを浮かべるシリーズ。

「なあ。聞いているのか? お前はなぜそれを知っているのか。……そして、僕に何をさせたいのか」

『解っているじゃないか。自分が何をすべきか、その意味を』

シリーズはルーシーに近づく。あと少しで顔と顔がくっつきそうなくらいに。

そして、囁くような声でシリーズはルーシーに言った。

『教えてやるよ。お前がすべてを手に入れる、その方法を』

 

◇◇◇

 

僕はバルト・イルファとともに部屋にいた。

答えは簡単で、バルト・イルファが突然部屋に入ってきたからだ。そして僕はそれを断ることが出来なかった。

「……なあ、バルト・イルファ。どうして君は、一緒に行動するようになったんだ?」

「裏切られたからだよ」

絞り出すように、バルト・イルファは答えを言った。

「……裏切られた? いったい、誰に」

「君だって解っているだろう。僕にとって、誰に裏切られれば、僕が『裏切られた』と考えるか」

それは、解っていた。

僕の知っている限りで、バルト・イルファが仕えている存在はただ一人。

「……リュージュが、君を裏切ったというのか?」

「そうだよ。そうでなければ、誰が裏切った? 僕はずっとリュージュ様に仕えていたのだから。……裏切られ、途方に暮れていた僕を拾ったのは、サリーだったよ」

「サリー……先生が、なぜ君を拾った」

何だか尋問のようになってきたが、今さらここで踏みとどまるわけにもいかない。

先ずはできる限り情報を収集していかないと、何も始まらないのだから。

僕の質問に対して、バルト・イルファは少し考えるような素振りをして、首を数回横に振った。

「……なぜだろうね。それははっきりとしていないよ。いまだに理由もきいたことがない 。それは僕が怖いと思っているからかもしれないな。なぜ、サリーが僕を拾ったのか、ということについて。もしかしたら、君ならその真実に近づけるかもしれないけれど」

「僕ならそれに近づける、か……」

確かに、僕なら聞けることができるかもしれない。バルト・イルファをなぜ助けたのか、ということについて。

けれど、それを聞いたところでどうなる? 何が変わる? 何も変わらないように見える。

だが、バルト・イルファはどうやら自分が助け出された理由を知らずにずっとここまでやってきたらしい。怖くて、その理由を聞くこともできずに、ただ一人でそれを抱え込んできたというのだ。

何というか、それだけ聞いていれば可愛らしいように見えるが、でも、葛藤を生みだしていることは感じられる。

ならば、どうすればよいか。このまま問題を解決していけば、何か得られるかもしれない。

それに、サリー先生に出会って話をすることで、この世界に何が起きていて、今から何をしなければならないのか――その決断が出来るかもしれない。今はバラバラになってしまっている内容も、ある程度整理をつけられるかもしれない。

そう思って、僕は腰かけていたベッドから立ち上がった。

「……どこへ向かうつもりだい?」

バルト・イルファの言葉を聞いて、僕はしっかりと頷いた。

「ちょっと、話を聞きに。直談判、ではないけれど、先ずは今の状況をもう一度整理したい。そのためにも、話すべき人間が居る」

「サリーに会いに行くつもりか? 彼女は多忙を極めていて、会うことはできないぞ。それに、彼女の部屋へ向かうには幾つかのパスコードを居住区と繋がる唯一の扉に打ち込まないといけない。でもそのパスコードを知っているのはルチアだけだ。僕は知らないよ、一切それについては。きっと、もともとは敵だったから仕方ないかもしれないが、警戒されているのだろうね」

ならば都合がいい。もう一人話を聞いておきたい人物がいた。ルチアにもある程度この世界の謎について知っている情報を引き出しておきたかった。

だから、僕は問題ないと一言だけ告げて、部屋の出口、その扉を開けるのだった。

そして僕はバルト・イルファに目をくれることもなく、部屋を後にした。