第二十話(2)

 

目を開けると、そこも見たことの無い天井だった。青白い光は恐らく蛍光灯の一種だろうか。とにかく状態を確認しようと思ってゆっくりと起き上がる。

そして僕は一瞬でそこが先程の部屋とは違う場所であることを理解した。

何もない部屋だった。

足元にはバルト・イルファが立っていた。

「……バルト・イルファ、お前、いつの間に……!?」

気付かなかった。いつの間に部屋に入ったのか、或いは最初から部屋に入っていたのか。そもそもここはどこなのか。

「目覚めたか。……とにかく、身支度を整えて来ると良い。君を呼ぶ人がいるからね」

「それは、いったい……?」

「それを今言うと、楽しみがなくなってしまうだろう?」

仕方ない。

とにかく今の僕には解決の糸口が見えてこない。それを考えると先ずは情報を収集する必要があるだろう。そう思って、僕はバルト・イルファについていくこととした。

 

 

バルト・イルファについていく僕は、ずっと通路を歩いていた。その通路はどこか見覚えがあるようにも見えるが、全体的に汚れているように見えた。その汚れは血か、吐瀉物か、それ以外にも思えるが……はっきり言って、あまり考えたくない。

外の景色を見てみたいところだったが、ずっと窓が無い空間を歩いているため、外を見ることは出来ない。景色を眺めるには直接外に出るしかないようだったが、それはそれで面倒なはなしだった。いったいどうすればいいのだろうか……。

「あら、目を覚ましたの」

前からやってきたのは、ルチアだった。

「つい先ほどね。どうだい、君も何か話すことは?」

「無いわよ。そんなこと。別に義理も無ければ温情も無い。ただこの世界を救う救世主、なのでしょう? だから助けただけ。正義なんてどうだっていい」

「君はそういう人間だったね」

バルト・イルファは肩を竦め、フランクに手を振った。

対してルチアは不愛想な様子を見せて、そのまま立ち去って行った。

「彼女はいつもああだからね。敵にああいう態度を示すならまだしも、味方にもあの態度だから。彼女を敵視する人間は多かっただろうねえ。いや、人間だけじゃない。別の存在だって……」

そこまで言ったところで、再び歩き始める。

「おっと、時間の無駄だ。このまま話しているといつまでも語ってしまいそうだ。そんなことをしたらきっと『彼女』に怒られてしまうだろうからね」

そう言って、バルト・イルファは再び前を向いた。

それを見た僕は――僕を呼んだ相手が誰なのか考えながら、バルト・イルファの後についていくのだった。

 

◇◇◇

 

僕とバルト・イルファが到着した場所は、『暗闇』と表現するに等しい場所だった。

簡単に言えばそう一言で片づけられる場所だった。

「ここは……」

「会議場。かつてのエノシアスタと呼ばれた町では、そういう目的として使用されてきたらしい。催事場、と言ってもいいかもしれないけれど、今はその現状をはっきり言って留めてなどいない」

「エノシアスタ、って……あの科学技術の最先端を誇ったと言われるあの都市のことか……?」

「そう。エノシアスタはかつて科学技術の最先端を常にリードしていた。それゆえに、『世界の研究所』とも揶揄された時代があった」

気付けば、長机の向こうに誰かが立っていた。

聞いたことのある声だったが、その時点では何者か判断する材料が非常に少ない。推論を立てずに、そのまま話を聞くこととした。

「フル・ヤタクミ。時が来たら、オリジナルフォーズを封印するため、ある場所へ向かいなさい」

日が入り、少しだがその人間の姿を確認することが出来た。

その人間は――サリー先生だった。

「サリー……先生?」

「驚くのも無理はないわ。私はずっと、あなたたちと接触を絶っていたからね」

溜息を吐いたサリー先生は、昔出会ったサリー先生とまったく変わらない様子だった。

サリー先生の話は続く。

「あなたが十年前、ガラムドの封印を解いてオリジナルフォーズをこの世界に放ってしまった。そのあと、世界の魔術師と錬金術師が知恵を振り絞って何とか無力化することに成功した。まあ、その大半の理由はオリジナルフォーズが力を失ったから、という理由に落ち着いてしまうのだけれど。いずれにせよ、オリジナルフォーズは今力を蓄えている段階にある。……その言葉の意味が解るかしら?」

「オリジナルフォーズは近いうちに……十年前と同じように暴れるだろう、ということですか」

言葉に、サリー先生は頷く。

「その通り。けれど、十年前のような優秀な魔術師や錬金術師の殆どはかの災害で死んでしまった。つまりこの意味が解るかしら。この世界に居る魔術師や錬金術師ははっきり言って優秀とは言い切れない。そんな人材ばかりで、この世界を救うことが出来るのか? 答えはノー、よ」

「いやにはっきりと言い切りますね……」

「あなたがオリジナルフォーズの封印を解いた結果ですよ」

サリー先生ははっきりと言い切った。

そして、僕ははっきりと示されたその事実を飲み込めきれずにいた。

当然といえば当然だったのかもしれないけれど、サリー先生にとっても、いや、この世界の人間にとっても――その怒りは当然だったのかもしれない。

「オリジナルフォーズの封印を解いた……のは、僕だったのか」

「当然でしょう。あの魔法はガラムドの書にしか記載されていなかったと知られている。そして、ガラムドの書を持っていたのはあなただけ。つまりその意味が理解できるかしら? 理解できないような知能は持ち合わせていないと思うのだけれど」

踵を返し、サリー先生はさらに話を続けた。

「近いうちに、バルト・イルファとともに『封印の地』へ向かいなさい。そこはかつてリュージュが根城にしていた古代研究所があった場所。そして、偉大なる戦いでオリジナルフォーズが封印されていた場所。今も、オリジナルフォーズはそこに居る。もっとも、今は、封印は解除されていて、眠りについている状態にあるのだけれど」

「眠っている状態……ということは、今はまだ暴れだす状態には無いということか?」

「その通り。とはいえ、いつ目覚めるかはっきりとしていないけれどね。うちの研究員に調べさせても全然答えが導き出せない。ここには古代のオーパーツたるコンピュータが眠っているというのに。それを使ってもなお、解らないことがあるということなのかもしれないけれど」

そうしてサリー先生はゆっくりと姿を消した。

バルト・イルファと僕だけがその場所に取り残される。

会話は、生まれない。

当然のことだろう。十年前、僕と彼は敵同士だった。僕は世界を救うために、バルト・イルファはリュージュの野望を達成させるために、それぞれがそれぞれの意志をもって戦っていた、はずだった。

しかし、十年後の今。僕とバルト・イルファは同じ施設に居た。

いや、そもそもこの状態ではサリー先生が味方である保証もない。かといって敵である確証も掴めていない。まだ状況証拠と物的証拠があまりにも足りないからだ。

早くこの状態から脱出したいところだったけれど、先ずは今の状況を冷静に見極める必要がある。

「そのためにも、情報が欲しい」

僕は気付けば、そんなことを呟いていた。

「……外の世界を見せてあげようか」

助け船を出したのは、ほかならないバルト・イルファだった。

 

◇◇◇

 

扉を抜けたその先に広がっていたのは、すべてが赤で覆われた世界だった。

「これは……」

「これは新しい世界の始まり、その第一歩とも言われている。色々な呼び名があるけれどね、例えば『復りの刻』、例えば『ニュー・エイジ』、例えば『エリクシル』……。その名前はたくさん存在しているけれど、正体は一つだけ。はっきりと決定している」

「それは、いったい……?」

「構成要素は人間のそれと変わらない。つまり、もともとは人間だった、ということだよ。その意味が理解できるかな? まあ、別に理解しなくてもいいけれど」

「……オリジナルフォーズが人間を液状化させた、ということか?」

「その通りだ。オリジナルフォーズが放つ息吹(ブレス)。それに触れた瞬間、人間やその他もろもろの……『膜』とでも言えばいいのかな。それが破裂するらしい。中身は内臓とか血液とかそういうものがあるのだけれど、その膜が壊れてしまうと、動物は液体と化してしまう。液体の名前は何というのかは解らない。ただ、その液体はどのような構成であるかははっきりとしないけれど、人間や動物の構成成分がぐちゃぐちゃに混ざってしまったようなもの……そう言われているよ」

オリジナルフォーズが、これをやった。

それを聞いてもなお、僕はオリジナルフォーズが何をしでかしたのか、理解できなかった。

いや、それ以上に。

この世界に何が起きているのか、その一つでも収集出来れば……と考えていたが、はっきり言って手に入った事実のスケールが大きすぎた。だから直ぐに理解することが出来ない、と言えばいいだろう。

それを見ていたのか、バルト・イルファは小さく溜息を吐いて、

「あれを見るがいい」

そして右手を上げると、遠くのどこかを指さした。

そこは空を突き抜けるような赤い光が大地に突き刺さっているようにも見えた。

「あれは……」

「あれが、オリジナルフォーズが眠りについている場所、『封印の地』だ。あの場所はオリジナルフォーズが眠りについてから十年間、常に光が空に伸びている。理由ははっきり言って理解できない。オリジナルフォーズの墓標なのか、それを示すモニュメントなのか。それとも、オリジナルフォーズを忘れないように、という警告を示しているのか……。色んな人間が説を唱えていたが、それでも真実は解らない」

「墓標……」

墓標であれば、ほんとうにいいことなのかもしれないが。

僕はそんなことを思いながら、改めて光の柱を眺める。まるでそれは十字架のようにも思えた。

あれを、オリジナルフォーズを、僕はどうすればいいのだろうか。

それをずっと考えながら、空をぼんやりと眺めていた。

世界がすべて赤に染まっている光景は、はっきり言って異質だった。世界は十年前の風景そのものだったから、数か月生きてきた世界の様子が今もフラッシュバックする。

けれど、色はすべて赤になっていて、人が生きている気配も見られなかった。

「……本来であればこの場所も『復りの刻』でダメになってしまうところだった。けれど、それをサリー・クリプトンが何とかした。やっぱり、もともとASLに勤務していただけはあるよ。優秀だ。あんな錬金術師がリーダーで表舞台に出ないことは間違っているかもしれないというのに、それでも彼女は表舞台に出ようとしない。彼女曰く、リーダーはほかに居ないから、と言っていたか」

「サリー先生が、そんなことを……?」

「彼女はとても悔やんでいるそうだよ。かつて、学園を守れなかったことが。いや、それ以上に生徒を守ることが出来なかったことについて。……最初、僕と彼女が出会ったときは、怒り狂って僕に襲い掛かってきたのを覚えている。けれど、そんなことをしても無駄だと宥めた。僕も捨てられた。彼女も道が無かった。ならば、互いに手を組もうじゃないか、と。それから、僕と彼女、それとルチアが組んでこの組織が生まれた」

バルト・イルファは僕のほうを見て、話を続けた。

「その組織の名前はオーダー。シグナルとは一線を画した、『世界の再興』を望む組織のことだよ」

 

 

「むしろ、この世界において大量絶滅は珍しい話ではない。進化を促すことだってある」

バルト・イルファと僕は再び屋内へ戻ってきた。また古びた通路を歩きながら、バルト・イルファは言葉を紡ぎだす。

「この星の歴史はとても長い。その中でも大量絶滅と進化の繰り返しが歴史の蓄積になっていることは一目瞭然だ。生命……それは人間もそれ以外の動物も含まれる話だけれど、それらはすべて環境に適応して生きていかないといけない。生きていくために環境を変えていくのではない。変わっていく環境に適応していく必要があるわけだ。だけれど、人間は環境に適応出来なかった。正確に言えば、環境に適応出来る人間が少なかった。ただ、それだけに過ぎない」

淡々とした調子で、バルト・イルファは結果を述べた。

「つまり……人間が滅びてしまうのも、仕方ないことだと言いたいのか?」

僕は、バルト・イルファに問いかける。

バルト・イルファが返答をするのを待つことは無かった。

バルト・イルファにつかみかかり、僕は言葉を投げる。投げかける、のではない。それはデッドボールに近いものだったと思う。言葉のキャッチボールなんて最初から望んじゃいない。それよりも、僕は真実を知りたかった。

「だから、言っているだろう。……人間は滅びるべくして滅んだ。そして僕たちが生き残った。まあ、正確に言えば僕は人間じゃないよ。どちらかといえばメタモルフォーズに近い存在だ。それはそれとして……、一つの言葉を投げかけることにしよう。キャッチボールをするつもりが無いのならば、当然、こちらだってそうしても構わないだろう?」

「?」

「フル・ヤタクミ。君が世界を救いたいのか、愛した女性を助けたいのか、それとも元の世界に戻りたいのか……。君の理想はどうなっているだろうか、それを聞いておきたい。もとの世界に戻るのも構わない。愛した女性を助けるならば、僕は引き止めない。けれど、この世界を救うことが先ずは一番だと思うよ。もとの世界に戻ろうと考えたとしても、手段が見つからないのならば、何も出来ないことと同義なのだから」

 

◇◇◇

 

僕は一先ず部屋に戻ってきた。

ベッドに横になり、これまでのことを整理する。

……はっきり言って、直ぐに整理出来るほどの情報量ではないことは確かだけれど。

十年後の世界。復りの刻。世界を元に戻すにはオリジナルフォーズを再度封印するしかない。

「そして、その封印の術を知っているのが……、僕だけ、ということか」

僕は自分の頭を指さして、誰に聞こえるでもない言葉を呟いた。

いったい、僕はどうすればいいのだろうか。

バルト・イルファの言葉を思い返す。

バルト・イルファが提示した選択肢は次の三つだった。

一つ、この世界を救うこと。それはオリジナルフォーズを再度封印するということだった。非常にシンプルではあるけれど、問題はそれをほんとうに成功させることが出来るのか? という点について。世界は壊れてしまった。それが、オリジナルフォーズを封印させることだけで復興させることが、復りの刻という現象にピリオドを打つことが出来るのだろうか。

二つ、愛した女性を助けること。これはきっと……メアリーのことを言っているのだろう。バルト・イルファがなぜそのことについて知っているのかは定かでは無いが、メアリーとルーシーについては合流してまた話を聞く必要があるだろう。少なくとも、この十年間に何が起きたのか、ということについて。

そして――最後、元の世界に戻るという選択肢。

そもそもそれは可能なのだろうか。まだ手段が見つかっていない、バルト・イルファはそう言っていた。ならば、先ずはそれを探さないといけない。普通、ゲームならばクリアすれば元に戻ることが出来るだろうけれど、残念ながらこれは現実世界だから、それは不可能だ。ならば自分で探さないといけない。この世界に僕を連れてきた人物が、きっとこの世界に居るはずだ。居なかったとしても、目的があるならば僕を『監視』していてもおかしくない。そしてその目的を脅かされるようなことがあれば、必ず『修正』させるはずだ――そう推測した。

まあ、あくまでもそれは机上の空論に過ぎない。

「最後は一先ず放置するとして……、二つ目は確かに話だけでもきちんと聞いておきたい。メアリーとルーシー……レイナの様子も気になるな。十年間でみんな、どうしてあんなに変わってしまったのか」

ふと、自分の手を見つめる。

オリジナルフォーズを復活させる魔術は、ガラムドの書に記載されている。

そして、ガラムドの書の記憶(メモリー)は僕が保持している。

そこから導かれる結論は、あまりにも単純だった。

「……つまり、十年前にオリジナルフォーズを復活させたのは……、」

「その通り」

声が聞こえて、僕は勢いよく体を起こした。

そこに居たのは、ルチアだった。……確か、そんな名前だったと思う。

「ノックくらいしようかと思って、したはいいものの反応が一切無かったから入ったのだけれど、何か考え事をしているようだったから、気付くようにしたのだけれど。それにしても、いまさら十年前の主犯に気付くなんて、あなたはどれほど頭が悪いのかしら? 予言の勇者ならもう少し勘がよくてもいいものだと思うけれど」

「予言の勇者であることと、勘が良いことは関係ないだろ……。それより、ルチアだったな。教えてくれ。やはり十年前に復活させたのは」

「あら? メアリーやお兄ちゃんが説明していなかったの? ……だとすればとんでもない秘密主義ね。それとも、罪の意識をさせないつもりだったのかしら。罪の意識をさせたらどうなるか解らなかったから……とか。だとすればとんでもない甘やかしよね。笑っちゃう。あのお兄ちゃんが、そんなことをするなんて。アドバリー家の面汚しよね。ま、きっとお兄ちゃんも同じことを口にするのだろうけれど」

罪の意識。

確かにそれは間違っていないかもしれない。それは僕の認識で間違っている判断であるかと言われると微妙なところであるかもしれないけれど、しかし再確認することは必要だと思う。

僕に罪の意識をさせないために、敢えてメアリーやルーシーはオリジナルフォーズについて有耶無耶にしたということなのだろうか?

だとすればそれはそれで面倒な話だ。なぜ伝えてくれなかった。僕たちはずっと旅をしてきた――仲間じゃないか。

「それについて、解答を述べてあげましょうか。まあ、あくまでもそれは私の意見に過ぎないけれど」

ルチアはどうやら僕の心を読んでいるらしい。いずれにせよ、心を読まれるのは気持ちいいことではない。気持ち悪いことだということには変わりなかった。

それはそれとして、ルチアが教えてくれると言った。それは聞いておく必要があるだろう。バルト・イルファと僕が、ほんとうにオリジナルフォーズを封印するしか道が無いのか、ということについて、僕自身が吟味していかねばならない。

「メアリーとお兄ちゃんは徒党を組んで、予言の勇者に頼らない世界を作ろうとしている。そして、十年前の災害によって予言の勇者を悪い人間であると認識している人間は非常に多いから……、それを払拭しないといけないと思っているのかもしれないわね」

「払拭……か。確かにそうかもしれないな。広く知れ渡っているとするならば、僕を捕まえることは何も間違っていない。それに情報を取り出して、必要であるならば使い倒す。使えないと判断したらそこまで……、そういう感じなのだろうね」