第二十話(1)

 

僕は目を覚ました。

目を開けるとそこに広がっていたのは、真っ白い天井だった。僕が昔居た世界ではこれをどう呼ぶか、古くのアニメーション作品でこう言っていたような気がする。そう思って僕はそのフレーズを口にした。

「知らない天井だ……」

文字通り、そこに広がっていたのは見た事のない天井だった。無論、というか恐らくはあれからそれほど時間も経過していないことだろう。推測していけば、ここはリュージュのアジト、そのどこかという可能性が容易に想像できる。

……まあ、何かそれにしては清潔過ぎる気がしないでも無いのだけれど。清潔さは確かあの場所には見られなかった。待遇が変わって別の牢獄に入れられている可能性も考えられるけれど、あのリュージュがそう簡単に変えるとは思えない。

となると、考えられる可能性があるとすれば……。

「目を覚ましたようですね」

声が聞こえた。そちらに顔を向けようとすると、何かで制限されているのかそちらに顔を向けることが出来ない。

「あー、そうでしたね。顔をこちらに向けることが出来ないんでした。序でに言っておきますと、起き上がることも出来ません。きになるようならば、試しにやってみてはいかがですか?」

そう言われたので、その通りに起き上がろうとしてみる。

しかし彼女の言った通り起き上がるどころか身体を十分に動かすことも出来なかった。いわゆる雁字搦め、というやつだった。

「……やはり、リュージュの関係者か!」

「いいえ? あんなやつと一緒にしないでください。寧ろ私たちは逆の立場に居るのですから」

逆の立場。

ということは、味方? 信じてもいいのか?

そういうことになるのかは未だはっきりとしていない。拘束していることからも良く解る。この人間は未だ信用するに値しないという判断なのだろう。

「……あなたの名前は解りますか?」

素っ頓狂に変な質問をされた。何を言っているんだ、記憶喪失でもしていると思われたのだろうか。名前は覚えている。僕の名前は、

「フル。フル・ヤタクミだ」

異世界での名称もすっかり板についた気がする。結構な回数言っているからかもしれないが。

それを聞いた彼女はゆっくりと頷いた後、手元にあった紙に何かすらすらと書いていった。

続いて、彼女は手元にあった鏡を取り出す。

「この顔は誰の顔ですか?」

鏡に映っている顔は自分の顔以外あり得ない。

「……自分の顔だ」

質問の意図が理解できないまま、そして苛立ちを隠せずにぶっきらぼうに返した。

そして彼女はまたも手元の紙に何かを記載していく。何だ、こいつはいったい何のテストなんだ?

「解りました。それでは、少々お待ちください」

そう言って彼女は扉の向こうへ消えていった。

……何というか、こちらにも質問をさせてくれよ。

そう言いたかったけれど、それよりも先に彼女が居なくなってしまったので、その虚しい思いだけが残る形となった。

 

 

次にその扉が開いたのは五分後のことだった。五分という数字をきっちりと計ったわけではないのだけれど、何となく体内時計で測定したら五分くらいだった、というだけに過ぎない。

それはそれとして、入ってきた人物は彼女以外にもう一人居た。金色の髪に赤い目、臙脂色のローブに身を包んでいた。彼女は暫く会わなかったからか少し大人っぽくなったような気がする。

「メアリー……、久しぶりだね。大丈夫だったかい?」

僕はメアリーにそっと声をかけた。

しかしながら、メアリーは何も言わない。

「メアリー……?」

メアリーは一瞥する。

その冷たい視線を感じ、僕は僅かながら恐怖を覚えた。

もう一人居た彼女から紙を貰い、確認していくメアリー。

「自己認識は問題なし。先程の反応からして他人に関する記憶も問題ないようね。……さて、これからどうしたものか」

「ねえ、メアリー。いったいどうしてしまったのさ。何があったんだよ、あれから。リュージュは? ルーシーは? バルト・イルファはどうなった?」

「……それについては」

メアリーが漸く僕に反応してくれて、ちょっとだけ嬉しかった。

だけれど、その嬉しさは直後に発生した横揺れによって破壊されてしまった。

横揺れが終わって、その直後。

ドタドタ、という足音の後、ノックもなしに扉が開かれた。

入ってきたのは僕の知らない青年だった。年齢は僕より少し上くらい。だけれど、開けて直ぐにメアリーに敬礼したところを見るとその地位はメアリーより低いのだろう。

「失礼いたします! 南の方向からメタモルフォーズによる攻撃を受けました! 至急、船室内甲板へお戻りください!」

焦っているようにも聞こえるその声だったが、対してそれを聞いたメアリーはなおも冷静だった。

「了解。急いで向かう」

メアリーはそれを聞いて大急ぎで部屋を出て行った。

「メタモルフォーズなら、僕も戦うよ! メアリー、ガラムドの書にある魔法を使えばメタモルフォーズも……」

「五月蝿い」

メアリーは僕の言葉を途中で強引に切り上げた。

それが何を意味しているのか、理解できなかった。

「いいから。あなたは何もしなくていいの。なにも、何もしなくていい。あなたにはもう魔法は使わせない」

「それっていったい……!」

「お急ぎください、長官!」

「わかっている!」

やってきた男の言葉を聞いて、駆け足でメアリーは居なくなってしまった。

メアリーの様子がおかしい。

まるで数ヶ月どころか数年近く成長してしまったような、そんな感覚。

そして、そこに、僕だけが取り残されている。

「……なあ、今は、ガラムド暦何年になるんだ?」

僕が居た時代ならば、ガラムド暦2015年だったはず。もしそうであればまだ数ヶ月しか経過していないことになるが……。

少女は告げた。

「ああ、なんだ、そんなことですか」

まるで僕からの質問は聞き飽きたかのような、つまらない表情をして。

「……今はガラムド暦2025年。つまりあれからちょうど十年の月日が流れたということになりますね。……もしかして、今の今までまったく気付かなかったんですか? だとすれば、疑問を持たな過ぎですよ。あなたは」

「……十年?」

十年。日に換算して三千六百日が過ぎ去ってしまった、ということになる。そしてそれは同時に、僕がその時間ずっと意識が無かったということと等しい。だって僕が目を覚ましたのは、ほんとうについ最近なのだから。

ということはメアリーたちもそのまま十年成長した、ってことになる。ええと、つまり……二十五歳になった、ということか?

「十年経過しても、まだ人類はあの災害から立ち直ることは出来ませんでした。オリジナルフォーズの復活、その暴走……。多数の錬金術師や魔術師が力を尽くしました。しかしながら、それでもオリジナルフォーズを封印することは出来ませんでした。当然ですよね、封印する魔法も解除する魔法も予言の勇者しか知り得ないのですから」

「僕は……何をしてしまった、というんだ?」

彼女に訊ねる。恐らく彼女もその『災害』の被害者なのだろう。だから被害者にそれを聞くのは少々心苦しい。

だが、聞かないと何も進まない。理解しなければ、この理不尽の極みと言っても過言ではない状況を対処しきれない。

「たぶん、というか、確実に君はその災害の被害者なのだろう。だから、今から聞くのはトラウマを抉ってしまうことになると思う。だから、言いたく無かったら言わなくていい。けれど、僕はまったく知らないんだ。この世界の現在について」

「何を……しらばっくれているんですか!」

しかし、彼女は激昂した。

正直言って、ここまでは想定の範囲内。

だが、彼女はそれで終わらなかった。

立ち上がると、彼女は僕の横たわるベッドに向かい、そして、思い切り僕の腹部に拳を入れた。

嗚咽を漏らしそうになるのを何とか抑えるが、それでも彼女は攻撃の手を緩めない。

何度も、何度も、何度も、何度も攻撃を加えていく。殴られ過ぎてきっと痣が出来てしまっているかもしれない。それ程に彼女の一撃は重く、そして痛かった。

恨み辛みがあるのだろう、その一撃をただ僕は受け続けるしか無かった。

きっと謝罪したとしても彼女は攻撃の手を緩めるとは思えなかった。それ以上に、先手で僕が何も知らないと言い切ってしまったが故に、何も知らない癖に何を言うのかなどと言われかねない。

だから、僕はただ攻撃を受け続けた。

攻撃の手が止まったのは、部屋に入ってきた誰かが彼女の手を抑えたからだった。

その誰かは僕も見たことのある人物だった。

「ルーシー……? いったい何をしているんだ、君は」

「その台詞、そっくりそのままお返しするよ。ナディアの帰りが遅かったから嫌な予感がしたけれど……、ここまで予想通りに的中してしまうとはね」

「る、ルーシーさん……! すいません、つい怒りがこみ上げてきてしまって……!」

「いいよ。仕方がないことだ。起きてしまったことに怒り、恨み、辛みをぶつけることは人間の行為としては本質的なものだから。……問題としては、殴り過ぎということだよ。君の力なら問題無いかもしれないが、一体何発殴った? 僕や他の男性クルーが同じ行為をしたらフル・ヤタクミは気絶していただろうね」

ルーシーも何か僕のことを他人行儀に言っていた。

いったい僕は何をしでかしてしまったというのだろうか。オリジナルフォーズを復活させてからその後何が起きたのか、僕は知らなかった。けれど、オリジナルフォーズの現在について何も言わないところを見ると今は無力化されているということなのだろうか。

「……取り敢えず、君は休みなさい。それに、やることもたくさんあるだろう? 今、甲板では作戦会議を開いているよ。そして、君にも何かやれることがあるはずだ。招集されていたはずだったから、君も向かうといいよ」

「かしこまりました!」

そう言ってナディアは敬礼すると、そのまま部屋を出ていった。

「さて、」

ナディアが居なくなったタイミングでルーシーは話を始めた。

僕はずっと横になっていたままだったが、それでもルーシーは気にしていなかった。

「……彼女のことを、悪く思わないでくれよ。あれでも被災者の中ではかなり元の生活を取り戻したほうなんだよ。まあ、家屋と家族は戻ってこないままではあるけれどね」

「……というと?」

「オリジナルフォーズ」

端的にルーシーは告げる。

「君も当然のことながら知っているだろう? この世界、最初の出来事として知られている『偉大なる戦い』、それに登場するメタモルフォーズの王だ。正確に言えば、プロトタイプのようなものでもあるが、実際にそれがイコールであるという事実ははっきりとしていない。まあ、それは今の君には関係のない話か」

「関係ない話……になるのか? オリジナルフォーズは、あの後無力化出来たんじゃないのか。さっきの……ええと、」

「ナディアがそう言ったのか」

「そう。彼女がそう言っていた」

それを聞いてルーシーは溜息を吐いた。何か不味いことでも言ってしまっただろうか――と慌てて口をふさぐ仕草をしてみるが時すでに遅し。口は禍の元とも言ったものだ。

それを見たルーシーは首を横に振る。

「別に君は悪くないよ。悪いのは、彼女だ。オリジナルフォーズを無力化と言ったが、正確にはそうじゃない。無力化したのは確かだったが、リュージュはさらに馬鹿馬鹿しいことをしでかした」

「馬鹿馬鹿しいこと?」

「世界の再構築、だよ。オリジナルフォーズは世界を破壊しつくしたのち、入眠した。科学者の推測からして、『飽きたのではないか』と言っていたが……、きっと僕もそう思う。まあ、でもそんなことは人間には関係のないことではあるけれどね。最初に世界を破壊したのはそちらだ。それを飽きたからやめるなどまったく勝手なことだと思うよ」

「世界の再構築っていったい何をしたんだ。それによって、世界はどうなった?」

「それは――」

ルーシーの言葉に僕が耳を傾けていた――ちょうどその時だった。

背後を見つめながらルーシーは笑みを浮かべる。

「……いや、ちょっと待ってもらおうか。フル。それについては未だ話すのはやめておこう」

「なぜだ?」

「上客が来てしまったからね」

ルーシーの言葉を聞いた直後――そこで僕は違和感に気付いた。

ルーシーの背後に立っているのは一人の少女だった。そして、僕はその少女の姿に見覚えがあった。第一に、その少女の姿はルーシーと瓜二つだったことも、彼女が何者であるかを確定づけることだと言えるだろう。

「……ルチア。まさかまた君に会う機会が生まれるとは思いもしなかったよ」

そちらを見ることなく、ルーシーは言った。

対してルチアは不敵な笑みを浮かべたまま、

「それは私も、よ。お兄ちゃん。結局のところ、面倒な話になるのは仕方ないことなのかもしれないけれど、未来のためには仕方ないことなのかな。受け入れて」

「受け入れる……いったい何を?」

「予言の勇者、フル・ヤタクミの確保……かな?」

視界が眩んだ。

そうしてゆっくりと僕の視界は、縮まっていく。闇におおわれていく。

「……ルチア。いったい君は何をしたというのかな。まあ、フルの状況を見れば何をしたかは何となく判明する事実ではあるけれど……。そうだとしても、これは許せないよ。ルチア、君はいったいどちらの味方だ?」

「面白いほうの味方ですよ、私は。私にとっての、面白いと思えるかどうか。それが味方になる条件なのですから」

そして、その言葉を最後に、僕の視界は完全に闇へと消えた。

 

◇◇◇

 

ルーシーとルチアの会話は、フルが眠りについたあとも続いていた。

「ルチア。君はフルを眠らせてどうするつもりだ? まさか、兄妹の秘密の会話をするためにフルは邪魔だったから、なんて半分ロマンティックなことは言わないでおくれよ?」

「そんなこと、私が言うとでも思っていたのですか?」

ルチアは鼻で笑うと、指を弾いた。

それは何かの合図にも思えたが、しかしながら何かが起きることは無かった。

ルチアの挙動に構えていたルーシーは肩透かしを食らった気分だったが、

「……ルチア。考えてみれば解る話だろう。リュージュと僕たち、どちらが世界のためであるかということだ。人間のことを考えているのは、紛れもなく僕たちのほうだ。世界にとってベターな選択を出来るのはリュージュじゃない、僕たちだよ」

「それはただの言い訳に過ぎないかしら。リュージュ様が世界を作ろうとも、お兄ちゃんが世界を変えようとも、真実はたった一つだけ。あの『未来視の黙示録』に記載されていることを……どちらが成し遂げるのか、というだけ」

「未来視の黙示録……?」

ルーシーは首を傾げ、ルチアに訊ねる。

しかしルチアはそれについて答えることは無く、

「まあ、私はお兄ちゃんと話をつけにきたわけじゃないんだよ。私にも一つの目的がある。それを達成することで……、世界は『浄化』される」

「浄化、か。まあ、それは別に問題ないことだ……なんて言えるとは思えないね。アドバリー家の家訓を忘れたか? 『私心ではなく、正義を貫くこと』と……」

「それはただの古臭い習慣に過ぎないよ、お兄ちゃん」

ルーシーの言葉を、ルチアは一閃した。

ルーシーは目を瞑り、さらに話を続ける。

「古臭い習慣、か……。でも、それをずっと守っていくことで僕たちが居る。アドバリー家がずっと続いているのであるとすれば?」

「それは今までの結果に過ぎないよ、お兄ちゃん。結局のところ、そのままじゃ何も変わらない。ならば、世界を変えるしかない。正義がどうだとか、そんなことはどうだっていい。ルールでも、しきたりでも、そんなものは……守るためにあるわけじゃないのだから」

言って、ルチアは再び不敵な笑みを浮かべる。

その時だった。

ルーシーの背後で爆発があった。

急いで後を振り返ると――そこに立っていたのは見覚えのある男だった。

「お前は……バルト・イルファ!」

赤い服に身を包んだ赤い髪の男。

その男が、フルの身体を抱きかかえていた。

「貴様、フルを……!」

ルーシーは武器を手に取ったが、残念ながらルーシーたちは武器を持ち歩いていない。

それを知っているか否か、バルト・イルファは笑みを浮かべる。

「どうやら、予言の勇者の取り巻きは十年以上経過しても何も強くならないどころか、人間の柵に囚われていて、何も出来ないようだね……。残念なことだ。それで世界を救おうと言っているのだから、阿呆らしい」

「果たして、ほんとうに阿呆らしいのはどちらかな?」

「言っていろ。それが、君の思う道であるとするならば」

そして、バルト・イルファは指を弾くと――バルト・イルファとルチアの姿は無かった。

それはまるで狐につままれたような気分だったが、そうも言っていられないのが現実。

彼は落胆している様子を見せることなく、溜息を一つ吐いて、部屋を後にした。