第二十四話(1)

 

偉大なる戦い。

ガラムド暦元年に起きたといわれている大災厄。

そしてガラムドが神としてあがめられるようになった直接的要因ともいわれている。

それはあくまでも教科書の中でしか語られることはなかった。当然だ、二千年前の出来事を実際に経験した人間なんているはずがないし、ありえない。

しかし、今――僕はその大地に立っている。

 

◇◇◇

 

目を覚ますと、僕はガラムドが言っていた通り別の誰かの身体の中に入っていた。

入っていた、というよりも身体だけを借りて――まさしく追体験をしていると言った感じだった。

ジャパニアのナゴミという市に僕たちは住んでいた。僕たち、というのはそこには旧時代――簡単に言えば随分と昔からコールドスリープを施されているようで、その昔、という意味を指している――からやってきた人たちばかりが暮らしているということになる。

コールドスリープ。

文字通り、人体を冷凍して仮死状態にしてそれを保持することで人間の寿命以上に人間の身体を維持することが出来る――確かそういう技術だったはずだ。

いずれにせよ、コールドスリープは冷凍した場所が何千年後に残っているかどうかも定かではないし、場合によっては解凍する技術が無いまま冷凍されるケースもあるらしい。あまりにも未来技術過ぎて、或いは夢がある技術として知られていて時折偉人の身体がコールドスリープされて庭に埋められている、等といった都市伝説に使われることがある。

まさか、そんなコールドスリープを自分――正確には自分の意識が宿っているその身体――が経験することになるとは思いもしなかった。

「どうしたかの、風間修一。そのようなみすぼらしい顔をしていちゃあ、気分が悪いのかと錯覚してしまうだろう。それとも、ほんとうに気分が悪いのか?」

そう言って僕に声をかけてきたのは、和服に身を包んだおかっぱ頭の少女だった。

その風貌は僕がもともといた世界でも見たことは少ない。しかしながら知識の中にはそれが残されている。そして、彼女の名前は――。

「いや、大丈夫ですよ。木隠。それにしても……あなたが心配してくれるなんて、珍しいですね?」

木隠。

僕――風間修一は彼女のことをそう言った。もちろん、意識の中にある僕は覚えていないけれど、風間修一の知識としてそれは覚えている。

大神道会という宗教組織の中でも『使徒』と呼ばれる地位に立つ木隠と呼ばれる存在は、使徒の中でも一番の古株らしく、そのせいもあってかどこかお節介焼きなところがある。

風間修一の知識を手に入れてもなお、この世界のことは解らないことが多すぎる。そもそも、この風間修一ですら記憶喪失で自分のことを殆ど覚えていないという困りものだ。

となると、知識に頼るのはほぼ不可能と言ってもいいだろう。

「……おーい、風間修一?」

そこで僕は我に返った。

耳に響いたのは、木隠の声だった。

「うん? どうかしましたか」

「いや……。心ここに在らず、と言った感じだったからのう。心配したまでだよ。……お前さん、ほんとうに大丈夫だろうな?」

「心配してもらうのは有難いですけれど、ほんとうに何でもないですよ。ですから、安心してください」

それならいいのだけれど、と言って木隠は漸く僕の傍から離れていった。

何というか――あの人の目を見ていると吸い込まれそうな気分になる。もっといえば、嘘が吐けなくなるような状態とでも言えばいいだろうか――。

それにしても、この町はどこか特殊な空間だ。僕が住んでいるこの場所は、今いるような石造りの家が犇き合っていて、結局のところ集合住宅のような形を成している。

それだけではない。その家一つ一つはとても狭く、ワンルームマンションのような仕組みになっている。隣人間のトラブルが無いに等しいという利点もあるが、だとしても少々息苦しい空間だと思う。

しかも、何があれって、その家に暮らしているのが――。

「あの……修一クン。ごはんとか、大丈夫かな? お腹空いていない?」

……あの転校生、木葉秋穂だった。

いや、そもそもあの時間軸がガラムドの作り出した空想という可能性が捨てきれないし、それが確定であるとするならば、モデルは彼女からとられたということなのだろうか? だとしても都合が良すぎる。そんな実在の人物をまんま使用するものだろうか? それとも、それくらいガラムドにとって見知っている人物だった?

そんなことを考えていたのも、実はついさっきまでだった。

風間修一と木葉秋穂の間には一人の娘が居た。まあ、簡単に言えば可愛い娘だった。

問題はその娘の顔だった。

見た目が――ガラムドそっくりだった。

「……おとーさん、おとーさん。わたし、お腹すいたよー」

ガラムド(仮)が僕の前でぴょんぴょん跳ねながらそう言った。

そこで僕は我に返って、木葉秋穂とガラムド(仮)の言葉に頷くのだった。

さて、僕はずっとガラムド(仮)と言っているわけだけれど、実際にはそのような名前ではない。

彼女の名前は一花。一つの花、と書いて一花と呼ぶ。とても可愛らしい名前だと思う。

けれど、しかしながら、彼女たちがこれから生きていく世界は、あまりにも手厳しいものだった。

『この世界はお前たちにとって、生きづらい世界だということは言うまでもない』

僕は、風間修一の知識に残っている木隠の言葉を思い返す。

この世界は、メタモルフォーズが闊歩する世界であるということ。

しかしながら、メタモルフォーズに対抗する手段が一つしか残されておらず、しかしこのジャパニアにはその兵器すら存在していないとのこと。

『その兵器の名前はネピリム。古代語で「巨人」と言われる人型兵器のことですね。ネピリムは……詳しいことは解りませんが、かつてはこのジャパニアで創られたものだといわれています。ジャパニアは世界の始まりの国とも言われていますからね。その国が常に最先端を切ってきた。……過去形なのは、ある理由があったからです』

その理由こそが、ネピリムの開発。

ネピリムの開発を世界的に公表したことにより、資本主義の国家からその技術を提供するよう『持ち掛けてきた』。

持ち掛けてきた――そう言ったが、実際には脅迫によるものだったといわれている。

世界の警察。かつて旧時代のある国家が用いていた呼称を、その人々は使ったのだという。

『世界の警察、という単語を盾に資本主義の国……正確に言えばそれらの国々が共同で設立したネピリム研究所が声を上げた。世界に向けて。この国はメタモルフォーズに対抗できる技術を持っているにも関わらず、それを提供しようとしない、と。……あとは、もうあなたにも解る話でしょう?』

開発したネピリムの技術を提供すると、ネピリム研究所は今後自国でネピリムの開発はしないようにと言ったらしい。

そして残された旧型――世界では『第一世代』と呼ばれているネピリムのみが残された。

この国について、木隠から聞いた話は以上だ。

そうしてこの世界について聞いた話は、あまりにも長い。

簡単に自分が覚えている程度の知識を説明すると、要はこの世界にもメタモルフォーズは居るらしい。当然といえば当然の話だが。

そして、メタモルフォーズの正体が何であるのかも、ジャパニアの学者は薄々感づいているらしかった。

木隠は『風間修一』に対して、こう言った。

 

――この世界は一度滅亡したのだよ。正確には、滅亡寸前まで追い込まれた、とでも言えばいいのかね。

 

木隠はずっと昔からこの世界に居た。正確に言えば、日本の八百万の神に近い存在だったと言われている。

確かにジャパニアというネーミングはどこか日本と同じような感覚を感じていたが――まさかほんとうだったとは思いもしなかった。

木隠はそのあと風間修一に色々と話をしてくれたという知識がある。

この世界は大きな災厄があったわけではない。しかしながら科学技術が発達していた世界だった。

その世界で大きな陰謀が働いて、世界をリセットするボタンが押された。

きっかけはそれだけに過ぎなかった。あとは勝手に人類が戦争ごっこをしてあっという間に世界は滅亡した。

残された僅かな人類も空気中に浮遊する毒に苦しめられて、倒れていった。

人々が安息の地を見つけたのはそれから数年後のことだった。そうしてそこに文明を切り開き、今この世界が残っているのだという。

『私は何とか生きていた。……しかしまあ、その時は世界がこうなってしまうとは思いもしなかったがね』

最後に、風間修一は木隠にこう質問している。

どうして生きているのか、と。

木隠は淡々とした口調でこう答えた。

『私は神様だ。人々に信仰され続ける限り、この世界に命を留めておくことが出来る。とどのつまり……まだ私を信仰している人間がどこかに居る、ということなのだろうな』

 

◇◇◇

 

秋穂が作ったシチューを食べながら、僕は考えていた。

ガラムドはどうして僕にこの歴史を追体験させているのだろうか、ということについてだった。

ガラムドの言った試練を受けるということは理解していたし、それについてはある程度覚悟を持って挑んでいた。しかしその試練がこのような平穏な日常から始まっていて、僕も少し困惑していた。

ほんとうにこのままでいいのだろうか、という不安が僕の心を支配していた。

「……修一クン、どうかしたの?」

僕のことを心配してくれているのか、秋穂が声をかけた。

僕はそれを聞いて、できる限り自然に柔和な笑みを浮かべた。

「ううん、大丈夫だよ。……このシチュー、美味しいね」

「そう! よかった。それ、おとなりさんからもらった野菜を使ってみたのよ」

秋穂は頬を赤くして、笑顔を僕に見せつけていた。

その笑顔が途轍もなく可愛くて――同時に申し訳なくなった。

だって目の前に居るのは、彼女の愛する風間修一であって風間修一ではない別の存在だったから。

でもそれを彼女に言ったところで理解されるとは到底思えないし、きっと戯言と思われることだろう。

だから僕は言わなかった。

彼女の前では、風間修一であろうと思った。

食事を終えて片づけを一緒に手伝ってそのまま談笑をして床に入ったのが午後七時。

未だ時間的に早いものを感じるが、電気が非常に勿体無いことを考えると仕方ないことかもしれない。

この時間軸では、電気を使用することが出来る。しかしながら、電気を作るための原油は殆ど枯渇している。正確に言えば、ネピリム開発と管理維持のために殆どの原油が使われてしまっているのだという。

人間を守るための技術を維持するために、人間の生活を犠牲にしているというわけだ。

「……それにしても、ガラムドはいったい僕になにをさせたいのか」

寝返りを打ちながら、独りごちる。

実際のところ、ガラムドが何の目的をもって僕をこの時間に移動させたかが理解できなかった。いや、シミュレーションと言っているから絶対には過去の話にはなるのだろうけれど、そこまで細かいことを気にしていない。

問題は、ガラムドが僕に何をさせたかったのか、ということ。

ただ偉大なる戦いを追体験させたかっただけで、わざわざこんなことをさせるとは思えない。

となると、何かしらガラムドがメッセージを残そうとしているのか。

神から、ただの人間へ。

僕は何を知って、何を得ればいいのだろうか。

結局それについてはこの世界にやってくる前に、一度もガラムドから聞くことはできなかった。

「なるようにしかならない、か……」

溜息を吐いて、僕は目を瞑った。

無限にも近い闇が視界を支配していく。

 

 

◇◇◇

 

 

足元を雲が覆いつくしている世界だった。

空全体が靄にかかっているためか、周りの景色を見ることが出来ない。

そして、僕の身体は風間修一のものではなく僕自身の身体になっていた。

「……ここは」

「ここはあなたの夢の中です」

ふと目の前を見ると――ガラムドがふわりと浮いていた。

「ガラムド……!」

「この世界において、あなたに干渉出来るのはこのようにレム睡眠の状態でしか出来ませんからね。あなたには申し訳ございませんが、夢の世界にお邪魔することとしましたよ」

そしてガラムドはゆっくりと音を立てることなく雲海に着地する。

髪をかき上げて、ガラムドは言った。

「さて……、一度しか言いません。あなたがこれから何をすべきか、そうしてあなたは何をしないといけないのか。それについてお話ししないといけないでしょう」

一部言葉が重複しているように見えるが、そこでツッコミを入れてはいけない。

そう思って言葉を堪える。

ガラムドの話は続く。

「……あなたには、この『偉大なる戦い』を追体験していただきます。正確に言えば、ある結末へと導いていただく、ということになりますね。ボクの力をもって、あなたを偉大なる戦いに関わった人間の身体に精神だけ吹き飛ばした、という形になりますが」

「精神だけ、吹き飛ばした?」

その言葉にコクリと頷くガラムド。

つまりガラムドは何が言いたいのか。はっきり言って、訳が分からなかった。

いずれにせよ、こうやってガラムドが話をしているということは何らかのヒントをくれるということだ。

もし手に入らないと悟ってしまったら、無理やりにでも手に入れるしかあるまい。そんなことを考えていたわけだが――。

「……ああ、ご安心ください。きちんとヒントは差し上げますよ。そうですね、この試練の結末をお教えしましょう。とどのつまり、あなたが今からこの試練を進めるにあたって、エンディングとなるのはどのポイントか、ということです」

「小難しい言い回しをしていないで、さっさと言ったらどうだ」

溜息を吐くしか無かった。

ガラムドの話に水を差すつもりはさらさら無かったが、しかしガラムドの話があまりにも回りくどかったが故のことだ。もしもっとストレートに話をしているならば、僕だってもっと素直に話を聞いていたのだけれど。

「解りました、お伝え致しましょう」

ガラムドはいつの間にかもっていた杖で床をトン、と叩く。

たったそれだけのことだった。

叩いた跡が波状に広がっていく。そして、世界が闇から広がっていく。

そこに広がっていたのは凄惨たる状況だった。

人々の泣き声が広がり、脂の焼ける焦げ臭い匂いが広がる。瓦礫が積み上がっている山の隣には、同じように――人の死骸が積み重ねられている。

轟音を上げるオリジナルフォーズ。

そうして、それを封印するべく――何だろう、あれは? また別のメタモルフォーズに似た存在が居た。そうして人間も居る。人間の数は少なかったが、この状況を見てとても喜べる様子ではなさそうだった。

当然だ。もし僕があの状況に居たら喜べるはずがない。

そして、ガラムドは僕がその景色を一瞥したのを待っていたのか、ゆっくりと口を開いた。

「あなたの試練、その終わりはこの景色です」

「これが……この絶望が、最後だって? ふざけるなよ、そんなこと信じられるか。そんな未来なんて……」

「残念ながら、これはある歴史に沿ったものです。その歴史に沿って進められていますから、実際のところ、この歴史をゆがめることは不可能です。もし、あなたがそれをしようとしたらその瞬間『リセット』されます」

リセット。

その言葉の意味は――ゲームでしか使ったことは無い。

もしそれがゲームでいうところのリセットそのものであれば、

「……あなただって、その『リセット』の意味を理解しているのではないでしょうか? ええ、そうです。もしあなたが世界の歴史を歪めようとするのであれば、あなたは、ボク自らその世界をリセットします。セーブポイントはたった一つだけ。最初からやり直しです。ですから、もしあなたが元の世界に戻りたいと願うのなら、あなたがあのシルフェの剣の力を引き出したいのなら、正しい未来へ導きなさい。世界のために生きていく人間を残して、今後残すと世界にとって為にならない人物を殺す。たったそれだけのことです。あとは、あなたがその偉大なる戦いで生き残ることができるかどうか」

「狂っている。そんなこと、狂人の考えだ」

「そうでしょう。だってボク、人じゃないですから。カミサマですからね。それくらいお手の物ですよ。もっと直接世界に干渉できるならばあなたなんて存在は不要ですがね」

神様とは不条理だということ。

それを僕は思い知らされた。だって、考えてもみればわかる話だ。仮に一般人がこの未来を予測出来たというならば、この未来を回避しようと思うはずだ。誰しも未来を変えようと思うはずだ。

にもかかわらず、ガラムドは、この未来へ突き進めと言った。多数の人間が死に至り、すべてがリセットされるあの展開以外認めない、と。

それは結局のところ僕たち一般人が考えられる範疇の話であって、神様という次元が違う存在にはあまり関係のないことなのかもしれない。人間の考えなど神様から見ればミクロな考えに過ぎず、神様の考えはマクロ的考えであるということ。おそらく、そういうことなのだろう。どこまでそれを信じればいいのかは解らないが。

しかし、問題はたくさんある。そう、例えば――。

「誰が生き残るべきなのか、というリストは見せてくれないのか? そう、例えば誰が生き残って誰が死んでしまうことが正解なのか……」

「それを教えてしまったら、それこそあなたはボクの操り人形になってしまう。それなら面白くないし、試練としては不適当。ならば、どうすればいいか。……それを見極めるのが、あなたの仕事。なに、そう難しい話じゃない。ボクとあなたはとても似ているからね。簡単に言えば、あなたの感性でそれを見極めてほしい。それもまた試練の一つ、ということ」

「そんなむちゃくちゃな……」

「むちゃくちゃかもしれません。しかしながらこれは世界の意志です。あなたがどう足掻こうとも、世界はこうならなくてはならない。そうして、それは……。ああ、もう面倒くさいですね。はっきりと言ってしまいましょうか」

ガラムドは頭を掻いて――言ってしまえばとても俗っぽい動作をして――言った。

「あの世界は試練のために作り上げた世界であるということは、嘘です。まあ、なんとなく気づいているでしょうが。しかしながら、その正解はもっとあなたにとって想像以上であり、或いは想定の範囲内かもしれません」

「ごちゃごちゃしていないで、さっさと正解を言ってくれないか?」

「話には段階というものがあるのですよ。……ふふ、まあ、いいでしょう。あなたがそこまで焦るというならば、もっと焦るような言葉をかけてあげましょう。あの世界は、紛れもない現実世界そのものですよ。ただし、偉大なる戦いが起きる少し前に時間を合わせていますが」