第二十二話後編

「時間の問題をしているなら、安心して。この空間はあの世界とは違った時間軸で動いている。しいて言えば、すべての世界と独立している、という感じかな。だから好きな時間にここに介入できて、好きな時間に別の世界に介入することができる。……簡単に言ってしまえば『なんでもあり』の空間だから」

「そんなこと……!」

「まあ、先ずは頭を休めようよ。でないと何も考えられないよ? ボクも考えられないときは、いつもこうやって頭を冷やすためにティータイムをしているんだ。でも最近はずっと独りぼっちだったからね。あなたがきてくれてとっても嬉しいよ」

「だから僕はまだ……!」

「何? 何か文句ある?」

無垢な笑みで――しかしどこか恐怖を張り付けたような感じの笑みだった――ガラムドはこちらを見つめた。

そんな表情でこちらを見つめられたら、何をされるか解ったものではない。舞台は相手のフィールド、そして相手の実力は未知数だ。まともにこちらの実力が反映されるとも限った話ではない。長いものには巻かれろ、とは言ったものだ。先ずは相手の出方を窺うのが一番――そう思った僕はその茶会に参加すべく、ゆっくりと歩き始めた。

白い椅子に腰かけると、ティーカップから紅茶の湯気が出ていることを確認できた。

「ほら、紅茶を飲まないと……冷めちゃうよ? もっとも猫舌ならば仕方ない話だけれど」

「いえ、いただきます」

そうして僕は紅茶を一口啜る。

紅茶の味は意外にも美味しかった。いや、その味はあの世界で――僕がもともといた世界で飲んだことのある――どこか懐かしい味だった。

僕ははっと目を丸くしてガラムドを見つめる。ガラムドは僕のティータイムをニコニコと見つめているようだった。よっぽど他人がほしかったのだろう。この場合は『話し相手』になるのかもしれないが。

いや、そうじゃない。それどころではない。この紅茶を飲んで――俄然ガラムドに興味が沸いた。

「ガラムド。この紅茶……どこかで飲んだことがあるのだが、もしかしてあなたは……」

こういうことは駆け引きなどしないほうがいい。

第一、僕は駆け引きが苦手だ。

苦手なことをするならば、さっさと話してしまうほうが一番だ。そう思って僕は単刀直入にその話題に切り込んだ。

ガラムドはニコニコとした表情を崩さずに、

「あ、そのブレンド、気に入ってくれたかな? いやあ、よかった。ボクがずっと飲んでいるお気に入りのうちの一つなのだけれど、それならあなたの口に合うかな、と思っていたんだよ」

「まさか……、今日僕が来ることを予測していた……と?」

「当然だよ」

僕の質問に、ガラムドは間髪を入れずに答える。

「だって、僕は神様だからね」

その質問の解答として合致しているのかどうか解らない解答を示して、ガラムドもティーカップに残っていた紅茶をそのまま口の中に流し込んだ。

それを見て僕も追いかけるようにティーカップに残っていた紅茶を流し込む。

見ていたガラムドは目を丸くして、僕を見つめていた。

その光景が少々珍妙だったので、僕はガラムドに問いかけた。

「……どうした」

「いや、熱いもの得意なのかな、って思って。ボクは若干猫舌気味だから、少し息で冷まさないといけないのだけれどね。ついでにお湯も人肌より少し熱いくらい。あまり温度を下げちゃうと紅茶の茶葉からうまくエキスが抽出できないからね! これはお母さんから教わったことなのだけれど……」

「お母さん?」

神様にお母さんなんて居るのか――そこまで聞くと、ほんとうに人間か何かと変わらないように見えてくる。

ガラムドの話は続く。

「うん。ボクにはお母さんがいるんだよ。まさか神様は突然姿を見せたと思っているのかな? だとすればそれは大きな間違いだよ。あくまで、この世界には『創造主』がいるんだよ。万物を作る創造主。……その人が始まりを作り、終わりを作るともいわれている。けれど、あくまでもその人は『モノ』を作るだけに過ぎない。管理をするのは、神に一括している、というわけ」

「要は、業務委託ということか」

「ぎょうむいたく?」

ガラムドは目を丸くして、首を傾げる。

おっと、この単語は『あの世界』での単語だから――ガラムドは知らない単語だったか。

「うん。いいや、こっちだけの話。忘れてもらって構わない」

「……そう。まあ、いいや。ボクもここを長々と掘り下げるつもりはないからさ」

そう言って、ティーポッドに残った紅茶をティーカップに注ごうとしたのか、ティーポッドを持つガラムドだが――そこでティーポッドにお湯が入っていないことに気付いたのか、またそれをテーブルの上に置いた。

僕はそれについて何か質問するつもりは無かった。なぜならガラムドがそのまま念じ始めたからだ。目を瞑って、右手をティーポッドに当てている状態。それが数秒続くと――気が付けば、ティーポッドから湯気が出てきていた。

「……どういうことだ?」

「解りませんか。まあ、別にいいですけれど。これくらい簡単ですよ。空気中の水素と酸素から水を作り出して、その温度を高めただけの話です。錬金術と魔術の融合……正確に言えば組み合わせ、ですかね? それで何とかやっているだけの話。まあ、あくまでもこのように酸素と水素のバランスがうまく構成されている空気が充満されている空間ではないといけませんが」

「……成る程。錬金術と魔術を組み合わせた……、それって別のジャンルになるんじゃないのか?」

「そうですね。錬金術と魔術を組み合わせた学問、錬金魔術とでもいえばいいのかしら。それが流行る世界も、もしかしたらあったのかもしれない。けれど、今の時系列ではそれはきっと永遠に組み込まれることはないのでしょうね。恐らく、だけれど」

「……何をいったい言っている?」

「ああ、こっちの話だよ。ごめんね、面倒なことになってしまっているけれど。神様というのは様々な可能性を見つめることができる。けれどあくまで監視がその目的だから、世界を滅ぼすような危険思想をどうにか修正しようとシリーズにお願いすることしかできない。お願い、というよりは命令に近いかな。いずれにせよ、その手段ではどうにもできないことは……今までにはなかった」

「なら、なぜシリーズは反抗する意思を示した?」

僕は、気づけば力の封印、その解除よりもそちらが気になってしまって仕方がなかった。実際のところ、神様が作り出した――時系列がほかの世界のどれとも違う空間に居るというならば、きっとここで永遠に近い時間を過ごしたところで何ら問題はないのだろう。そう勝手に思い込んでいた。しかしながら、時間は有限に扱わないといけないこともまた事実。いずれにせよ、ガラムドからできる限り情報を仕入れておきたかった。そしてそれを、僕の優先事項の一つに数えていた。

ガラムドは僕の思惑を知ってか知らずか、大きく頷くと――僕に顔を近づけた。

「……シリーズはボクとともにずっと観測者としてその立場を保っていた。観測者兼何かあったら世界に行動を働きかける実働部隊としてね……。実際の命令はボクが行っている。だから何ら問題はない。そう思っていた」

吐き捨てるように、ガラムドは言った。

「でもボクは気づかなかった。何千年も行動していくうちに、シリーズには『思念』が蓄積されていった。それはボクの思念かもしれない。それとも世界を滅ぼさないために闇に葬った存在の思念かもしれない。いずれにせよ、その思念の出どころが解らない以上、どうとでもいえることではあるけれど、ボクが気づかないうちにシリーズには欲求が生まれていた。……正確に言えば『強欲』だ」

強欲。

ガラムドはシリーズをそう評価した。シリーズという存在がどういう存在であるか解らない以上、それ以上僕から言及することは出来なかったけれど、その表情から見るに、シリーズが独自の観念を持って行動していることについてはとても悔しそうに見えた。悔しい、というよりも名残惜しいという意味が正しいのかもしれない。

ガラムドの話はさらに続く。

「本来であれば、これはあなたに話すべきことではないのかもしれない。けれど、あなたと話しているとある程度深く話が進んでしまう。……仕方がないことといえば、そうよね。仕方ないことだと受け取ってほしい。これは、ボクの意思でもあるけれど、ある意味あなたにも一因があるのだから」

「僕にも……その原因があるって?」

いったいガラムドは何を言っているんだ。僕が何をした、と? 予言の勇者だったから? この世界で救世主ではなく、主犯者として捕まえようとしているから? ……思考を張り巡らせたところで、その答えを見出すことはできなかった。そう簡単な話じゃない。第一、ヒントとか情報とかがあまりにも少なすぎる。そんな状況で一つの解を求めること自体が間違っているのだから。

「まあ、それについては後できっといやでも解ると思う。今はあなたが何をすべきか、それについてきちんと吟味すべきではなくて?」

「吟味、って……。もう決まっているよ。僕がしないといけないこと、それは……この世界を救うことだ。そのために僕は『予言の勇者』としてこの世界に召喚されたんだし。というか、召喚したのはガラムド、あなたではないのか?」

「確かに」

ガラムドは云々と頷いて、目を瞑る。

「確かに、この世界にあなたを召喚したのは他ならないボクだよ。なぜなら、この世界が大変なことになるって解っていたから。それは、昔からある石板に記載されてきた」

「石板?」

いよいよきな臭くなってきたような気がする。

しかしながら、ガラムドの話は聞いておいたほうがいいだろう。きっとこれから何かに役立つはずだ。というか、役立つだろうという前提で聞いておかないと今までの時間が無駄になるし、それを考えたくない。

「……まあ、それについては後で話すことになるでしょう。恐らくは、それよりも前にあなた自身の手でその知識をつかみ取るかもしれませんが、それについてはまだ話すべき内容ではないでしょうね」

「さっきから回りくどく話しているようだが、もう少し単刀直入に話しちゃくれないものかね?」

「面倒かもしれないが、このほうが一番やり方としては簡単なのですよ、アンダスタン?」

さっきから神様に煽られている気がするが、これは気のせいだろうか。

いいや、絶対に『気のせい』などでは片づけられない問題のような気がする。

この世界について、神様について、もっともっと知りたい事実がたくさんある。

正確にいえば、知らなければいけない事実――なのかもしれないけれど。

「……ガラムド、お願いだ。いろいろと話を教えてくれないか。僕はこの世界に来るまで……、あまりにも無知だった」

「無知でした。そうでしょうねえ。あなたはあまりにも無知で、愚かな存在だといえるかもしれない。けれど、それを悲しむ必要はないのですよ? あなたは知る権利があった。けれど、それを行使するタイミングが今まで無かった。それについては致し方ないのだと、思うしかありません」

「つまり、どういうことだ? 知る権利があったけど、行使するタイミングが無かった……。つまり、そのタイミングが今だと?」

「今でしょうね。今だと思いますよ? まあ、あなたがどれくらい話を知りたいのか、それによりますが」

ガラムドはそう言って、紅茶を啜る。

僕はガラムドのその仕草を見て、何も言うことが出来なかった。

考え付くことがなかった、ということかもしれない。

或いは今の状況で、脳内のキャパシティーがオーバーしていたか。

いずれにせよ、どうすればいいのか。今の僕には考えられない。

それを見ていたのか――きっと神様だ。僕の状況なんて簡単に解るのだろう。それこそ、掌で踊らされているように。ガラムドは小さく微笑んで、こちらにティーカップを差し出す。

しかしそれは、差し出すといっても実際にこちらに出すような状況ではなくて――。

「……さあ、結局何をするのか解らないといった状況かな? 状況の整理がつかなくて、的な感じか。いずれにせよ、このチャンスを無駄にするのは非常に勿体ないと思うけれど?」

「解っている。解っているよ……。確かに、今のチャンスは貴重だ。無駄にしたくない。けれど、何を質問すればいいか、解らないんだよ。あまりにも解らないことが多すぎて……」

「じゃあ、解りました。こうしましょうか。今、あなたがしたいことは情報を入手したいことと、シルフェの剣の封印を解くこと、でしたね。簡単なことですよ。それを同時に行うことの出来る――たった一つある手段を使いましょうか」

ガラムドは指をパチンと弾いた。

ただ、それだけのことだった。

今まで自分たちがいた世界がぐにゃりと歪んだ。いや、それだけじゃない。椅子やテーブル、ティーカップやティーポッドまで今まで現実に実在していたものがその形を成さなくなり、ただの幻影に姿を変えてしまった。

そのまま地面に尻餅をつく形になってしまったが、不思議と痛みはなかった。

そして、この世界が歪んで――どこか一点に収束した。

残されたのは、僕とガラムドだけ。背景も地面も空も、すべて黒一色に染まってしまった。

自分がどこを向いているのか解らない。今自分が立っている場所がほんとうに地面なのか、実は寝そべっているのか、浮かんでいるのか、逆立ちをしている形なのか、重力がたとえ動いている今であったとしても理解することは出来なかった。

「ようこそ、フル・ヤタクミ。……いいや、今は古屋拓見と呼ぶべきでしょうか。別にあなたとボクしか居ない状況だから、元の世界での名前で言っても別に問題はないよね」

「それは別に構わないが……、ここはいったいどこだ?」

立ち上がり、ガラムドを見つめる。

ガラムドは首を傾げ、僕を見つめる。見つめあう状況になっているけれど、何かが生まれるわけではない。

「簡単に言えば、ここがこの世界の真の姿だよ。でもあまりにも殺風景過ぎるから、ボクは普段違うスペースに姿を変えているだけ。あまり姿を変えるのもよろしくないけれどね。シリーズたちはここを『|世界の終わり(ワールドエンド)』と呼ぶけれど、別にボクにとってはどうだっていい。この場所の名前を決めたところで、めったに呼ぶことはないからね」

まるで歌を歌うようにすらすらと言うガラムド。

そして、ガラムドは僕を指さすと、再び指を弾いた。

「ボクがもう一回指を弾けば、君はある試練に挑むことになる。簡単なことだ。シミュレーションゲームをプレイするものだと思ってもらっていい。そのシミュレーションゲームをクリアすればシルフェの剣は真の力を取り戻す」

「クリア……出来なかったら?」

「簡単なことだよ」

ガラムドは溜息を吐いて、僕の質問に答えた。

「クリアするまで――挑むまでだ」

そして、ガラムドは三度指を弾いた。

僕の意識は――そこで途絶えた。