第二十二話前編

 

ヤスヴァールの祠からガラムドの神殿までそれなりに距離がある。

だからホバークラフトを使うのが一番だったのだが、それを使おうにも鬱蒼と生い茂る森林になっているため操縦が難しいとのこと。

バルト・イルファからの進言もあり、僕たちは歩いて神殿へ向かうこととなった。

「……それにしても、ほんとうに歩くしか道はなかったのか?」

言いたくなかったが、ついつい弱音と言う名の本気が出てしまう。

十年間眠っていたということは、緩やかに筋肉が衰退していった、ということも示しているわけであって。今の僕はその真っ只中にあると言えるだろう。

「歩く、というのは君にとっては仕方ないことかもしれないが、許してくれ。……ホバークラフトを使うには少々難しい地形であるということはさっきも話したはずだろう?」

バルト・イルファはそう言って、僕を丸め込もうとした。

確かにそうかもしれない。しかしもっと何かいい方法は無かったのだろうか。

焦りが僕の感情を支配しつつあった。

「……まあ、君が焦る気持ちも解る。しかしながら、そう簡単に世界は滅びなどはしないさ。今の状況を例えるならば、氷を常温に放置しておいた状態だ。氷は常温に放置していけば緩やかに溶けていくだろう?」

つまり、まだ時間はあるが急いで実行する必要も無い、ということか。

焦りを隠し切れない僕にとって、もしかしてタオルを投げ込んだと思い込んでいるのかもしれない。

しかしながら、それでもやはり、どうにかせねばならないという思いは強い。

「しかし、急がねば……」

「だーかーら、話を聞いていたかい? 実際のところ、この世界がどうなろうと一番関係が無いのは君だ。だって、そうだろう? 予言の勇者と君に神託があっただけであって、別に世界を救ったことで|ご褒美(リワード)があるわけではない。つまり、それはどういう意味か。きっと君にも理解できているのではないかな?」

「……何が言いたい」

「つまりね? ……いつでも逃げていい、という話だよ」

それを聞いた僕は、目が丸くなっていたことだろう。

それくらい驚きを隠すことが出来なかったのだから。

バルト・イルファは深い溜息を吐いて、さらに話を続ける。

「君は予言の勇者。そして君をうまく使おうとして、世界を救おう……あるいは世界を手に入れようと画策しているのが僕たちであり、メアリー・ホープキン率いる飛空艇の一行だ。しかしながら、そこに君の意志はあるか? 君の考えはあるか? 君が『やりたい』と本気で考えて、実行しているか?」

「……何が言いたいんだ。バルト・イルファ、君はいったいどちらの味方だ? サリー先生か? それとも、世界を救おうとする一行か?」

「いいや、どちらでもないね」

バルト・イルファはシニカルに微笑む。

シニカル――とは言ったものの、実際のところバルト・イルファがどのような感情を抱いているのか定かでは無い。なぜなら彼はずっとクールな表情を、まるでそのお面を張り付けたかのようにキープしているからだ。何を考えているのか、はっきり言って解ったものではない。

しかしながら、バルト・イルファとともに行動している以上、彼と向き合っていかねばならないこともまた事実。バルト・イルファの意見を聞いて、それを理解したうえで行動しなければならないだろう。

そして、その結論が――神殿へと向かう、ということ。神殿に力が封印されている。その力を解き放てば、オリジナルフォーズは目覚め、今度こそ倒すことができる、そのチャンスが生まれるということだ。

「……バルト・イルファ、ならお前はいったい何を望んで……」

「僕は別に何も望んじゃいないよ。しいて言うならば、妹を取り戻すためさ」

「妹……ロマ・イルファのことか?」

その言葉にこくりと頷くバルト・イルファ。

ロマ・イルファ。バルト・イルファの妹だ。しかし、それは確か血の繋がっていない妹だったはずだ。しかし、バルト・イルファのニュアンスからすると――やはり、血が繋がっている妹ということになるのか?

「かなり長い話になってしまうから、それはまた別の機会に話すこととしよう。……それにしても、事前に調査した以上に草木が生い茂っているな。さすがにこれを燃やすとなると、この付近一帯の草花を燃やし尽くすことになってしまうから、それは出来ない」

「それくらい知っている。それに燃やした後はどうするつもりだ!? 水を出すことができるわけでもあるまいし、自然に燃え尽きるのを待つのもそれは不味いことだろう。それくらい、理解しているのか」

「それを理解したうえで、否定したのだ。解らないのか」

バルト・イルファはばつの悪そうな表情を浮かべて、再び歩き始めた。

神殿の形がようやく見えてきたのは、それから一時間程経過したときだった。

高台にある神殿は、切り開かれた森の奥地にあった。だから、バリアが解放された今ならば外からの侵入は難しくないだろう。

しかし、バルト・イルファが陸から向かおうと言ったことと、そもそも乗り物をホバークラフトしか持ち合わせていない僕たちにとっては陸路をただ進むしかその手段が無かった――ということだ。

「……これなら、空路を進むことの出来る乗り物で最初からやってくればいい話じゃないか? あのホバークラフトは結局祠に放置している形になっているわけだし……」

「それもそうだけれど、それについては申し訳ないと思っている。……君も知っている通り、あのビルにはもう資材が殆ど無くてね。使える乗り物もあれくらいしか無かった。あとは専門の整備士が居ないからメンテナンスなんて出来ないし」

メンテナンス、ね。

それはどこまでほんとうなのかは解らないけれど、しかしながらバルト・イルファの発言以外信じられるソースが無い以上、彼の言葉を信じるしかなかった。

「メンテナンスがどこまで信用できるかどうか解らないけれど、まあ、それについては仕方ない。いずれにせよ、目的地には到着したのだから。……神殿に入ればいいんだろ?」

僕たちの目の前には、神殿の姿がはっきりと見えていた。

石造りで出来たそれは、自然公園と見紛う程の水と緑が多い場所に忽然と姿を現していた。十年前の災害で世界が全体的に荒廃していたというにも関わらず、ここだけ時間が十年前と変わらないような雰囲気を漂わせていた。

そして入口には対になって少女の石像が二つ設置されている。ワンピースのような服を身に纏った長髪の少女だった。今にも動き出しそうなほどリアルだったが、どことなく見覚えがあるようにも思えた。

「それはガラムドを象ったものだね。……とはいえ、実際に見たことのある人間が作ったものではないと思うけれど。何せガラムドは二千年以上前にこの地にやってきたと言われている。しかしながら、この神殿が作られたのは千年ほど前だ。ということは、ガラムドを見た人間が作ったとするならば、とっくに千年以上は生きている人間、ということになるからね。いくら祈祷師でもそこまで長生きは出来ないだろう」

「……成程。一理ある」

そうして僕たちは神殿の中へと足を踏み入れる。

神殿の中は質素なつくりだった。滾々と湧き出る泉があるくらいで、あとは石板が幾つか置かれているだけ。神殿というくらいだから何かが祀られているということもあるかと思ったが、そんなことはまったく見られなかった。

「……これが、ガラムドの神殿……? 力の解放って、どうやって行うんだ?」

「ううん……。それが解れば苦労しないよ。まあ、何とかいろいろと調べてみるしかないね。とはいっても、何かできそうなのは、」

バルト・イルファが指さしたのは、中央にある泉だった。

「あそこに念じてみるとか、何かしてみるのが一番じゃないかな?」

泉。

その目の前に立って、そこから泉の底を眺める。何か濁っている様子も見られないのに、底まで見通すことは出来なかった。恐らく相当深い泉なのだろう。きっと、ここに落ちてしまったらひとたまりもない、そんな気がする。

泉を見つめていると、そこに映し出されている自分の姿が揺らめいているのが見えた。

「……ここに何かあるのか?」

「解らないよ。けれど、オブジェクトはこれだけだ。これ以外何かあるか解らないけれど、先ずは解っているものから潰していかないと進まないだろう?」

「それもそうだが……」

泉の水を眺める。

そのまま見つめていると吸い込まれてしまいそうな――そんな感覚に襲われる。

そう、吸い込まれそうな――。

その直後だった。

僕の身体が、ふいに何かに引っ張られた。

「おい、フル・ヤタクミ!!」

バルト・イルファは直ぐにそれに気づいて、僕を起き上がらせようとする。

しかし、その手は間に合うことなく――僕は泉の中に引き込まれていった。

 

◇◇◇

 

「……いたた」

気が付けば僕は、眠っていたようだ。それにしても、眠っていた、とはどういうことだろうか? 確かについさっきまでバルト・イルファと一緒に神殿の謎を調査していたはずだったのに――。

「目を覚ましたようね」

と、そこで――声が響いた。

その声を聴いた瞬間、今まで目の前に広がっていた闇が、急激に晴れたような感覚に襲われた。

それは『感覚』だけではなく、実際に闇が晴れていたということを示していた。

闇は消え、目の前には青空が広がっている。そして自分が今草原に寝転がっていることに気付いた。

起き上がり、辺りを見渡す。そこは花が咲き誇る草原だった。どこまでも広がる青空、草原……まるでそこにあるものすべてが幻想ではないかと思うくらいだ。

「……そんなところに居ないで、こっちに来たらどうかな?」

声が、再び聞こえる。

優しい風が、頬を撫でた。

その声の主を、見つけるために――僕は立ち上がり歩き始める。

声の主、その姿は直ぐに見つけられた。

小高い丘の上にある、白いテーブルと白い椅子。そして椅子には一人の少女が腰かけていた。

少女は白いワンピースに身を包み、ティーカップを手に持っていた。背中ほどまで伸びる黒い髪、白磁のように透き通る肌、白と黒の極致で表現される彼女の容姿だったが、ただ目だけは燃えるように真っ赤だった。

一目で誰もが魅入られるような、美貌。幼げな風貌もその魅力に相まって、現実世界ではあまり見かけないような、そんな感じになっていた。

「……どうしたのかな。そんなぼうっとした様子で。こちらに来て、話をしようじゃないか。立ったままで話をするのも気苦労が多いのではないかな?」

目の前に立っていた少女を見て、僕はずっと何も出来なかった。まるで封印されていたかのように。

しかしながら、彼女自身の問いかけでその封印も解除されたように、僕は思考ができるようになった。

ゆっくりと考えたのち、少女に――一つ問いかける。

「あなたは……いったい誰ですか?」

僕の問いを聞いて、長い髪をかき上げる。

そしてティーカップをテーブルに置いて、少女はゆっくりと立ち上がった。

それにしても見るからに華奢な身体だ。見た感じからして十歳くらいだろうか。こんな空間に一人で、少女が暮らしているのだろうか――いいや、そんな非現実なことは有り得ない。きっとこれは何らかの幻想なのだろう。そう思い込むしかなかった。

少女はゆっくりと歩いていたが、僕の前に到着して、軈て立ち止まった。

「ああ、そういえばそうだったね。名前を言っていなかったか。それは、ボクのミスだった。残念なことだったけれど、言っておかないといけなかったのはボクのミスだということは自明だね。未然に防いでおかないといけないのに……」

くるりと一回転して、少女は言った。

「ボクの名前はガラムド。――この世界で信仰されている唯一神にして、世界を監視する者。そういえば、きっとあなたにも理解できるのかな?」

「ガラムド……だって?」

ガラムド。

この世界を作り出した神にして、唯一神。

それは僕がこの世界で時折聞いていた名前であり、世界で信仰されている存在であることは、僕も知っていた。

しかしその存在が、まさか目の前に居るなんて――。

「ねえ、あなたはいったいなぜここにやってきたの?」

「え、ええ……? ええっと、確か僕は神殿に向かっていて、その泉に顔を向けたら急に引きずり込まれて……」

「そう、それ」

僕に指をさすガラムド。

なんというか、話の腰を折られた気分。

「あなたは泉からこの場所にやってきた。……ここはどの世界にも属さない、神の世界。神だけがやってくることのできる空間、とでも言えばいいのかな。いずれにせよ、ボクしかいないけれどね、今の、この時代では。もう少ししたらたぶんきっと交代の時期がやってくるかもしれないけれど、それはもっと上の『管理者』が行うから、ボクには解らない。ただボクは監視をするという使命があって、それを淡々とこなすだけ。この世界に安寧をもたらすためにね」

「それって、今のこの世界の状況を見ても言えるのかよ?」

荒廃した世界。その原因は他ならないオリジナルフォーズの暴走だ。

そしてそれもまた、原因を突き詰めればオリジナルフォーズを破壊できずに封印に留めたガラムドだと言える。

ガラムドはそれを聞いて、俯く。

「……そうだね。そう思われても仕方ないだろう。けれど、ボクにも何も出来やしない。あくまでボクの役目は『監視』だ。実行に移すのはまた別の部隊だよ。……もっとも、その部隊もボクから反旗を翻そうと行動しているようだけれど」

「それじゃ、その部隊を頼ることもできない……ってことかよ。どういうことだよ……、あなたは、あんたは、神様じゃないのかよ。神様なら、何だってできるんじゃないのか!」

はあ、と溜息を吐くガラムド。

「神様だって、何だってできるわけじゃないんですよ? とにかく、世界がどうなろうと簡単に神様が動けるわけじゃない。神様はあくまでも世界を監視する立場に居る。監督する立場に居る。そのあとに、その神様が命令することで動く……実働部隊が居る、ということ。実働部隊が居ることで、世界を再生にも崩壊にもその時を進行させることが出来る。それが、『シリーズ』と呼ばれる存在」

「シリーズ……」

聞いたことの無い単語だった。

しかし、ガラムドはそこまで言うのなら、やはり彼女には世界をどうこうする力は無いということになる。ともなれば、この世界を再生させるにはいったいどうすればいいのか――。

「しかし、ボクにもできることはあるよ」

ガラムドは踵を返して、顔だけこちらに向ける。

「……それは、いったい?」

「あなたがここにやってきた理由はなんだった? この世界を元に戻すため、オリジナルフォーズと戦うんだよね! ということは、あの剣の力を取り戻す必要がある。封印されたシルフェの剣の……その力を、ね!」

そう言ってガラムドは僕に向けてウインクを一つ決めた。

なんというか、この神様――ガラムドのテンションになかなかついていけないのが現状だった。

ほんとうにこの少女は神様なのだろうか? 目の前にいる少女は、ただの少女ではないのだろうか? どう見ても、ただの少女にしか見えず、僕に対して戯言を――つまり嘘を吐いているだけではないのだろうか。

「ああ、そうだった」

白い椅子に再び腰かけてティーカップの中身を一口啜ったのち、ガラムドは言った。

「一応言っておくけれど、嘘という可能性は考慮しないほうがいいよ? ボクは神様だからね。それくらいお茶の子さいさいだよ。わかって当然、という意味さ」

この世界に、お茶の子さいさいって概念があったのか。

そんな突っ込みはさておき、僕としてもさっさと力の封印を解除してしまいたい。だから、僕はガラムドに問いかける。

「それで、さっきの話の続きだけれど……、ほんとうに力を解き放つことができるのか? シルフェの剣、その力を……!」

「当たり前でしょう。誰がその武器を作り、力を吹き込んだと思っているのですか。ボクだよ、ボク。ボクが作って、力を吹き込んで、エルフの女王様に託した。だからボクしか力を解き放つことはできない。そのためのパスコードを持っている、という感じかな」

「……じゃあ、それを早く……!」

「まあまあ、そう慌てなさんな。まずは、ティータイムでもどうかな? 暖かい紅茶もあるよー、お菓子もあるし。この長閑な光景をしばし楽しもうじゃないか」

そう言ってガラムドはティーポッドに入っているのだろう紅茶を、空いているティーカップに注ぎ始める。

そうして注ぎ終えると、それを向かいの席にあるソーサーに置いた。

「……何を言っているんだ? 世界が大変なことになっているんだぞ、それを介入せずにただここでティーブレイクをしろ……と?」