第二十三話後編

 

駄菓子屋は学生にとって非常にコストパフォーマンスの高い場所である。

しかしながら、案外それを理解していない人たちが多いことも事実。懐かしい場所だと思う人は居ても、大きくなってもまだ駄菓子屋に行きたいと思う人は居ないものだ。

しかし最近になっては、そのメインターゲットたる子供ですらポテトチップスやチョコレートといった菓子に夢中になっている。駄菓子屋が次々潰れていってしまうのも、何となく理解できる気がする。

「しかしまあ、何で駄菓子屋ってこんなに魅力的なのに、客が少ないのだろうね?」

駄菓子屋の前にあるベンチに腰掛けて、北谷はそんなことを言い出した。

突然こいつは何を言い出すのだ――そう思っていたが、確かにこの店は最近客が少ないと言っていた。誰が言っていたか、って? そりゃもちろん、この店の店主だ。

駄菓子は安いからコストパフォーマンスが高い。もちろん安いだけではなく、味のバリエーションも多い。甘いものもしょっぱいものも辛いものも酸っぱいものも、何でも揃うと言ってもいいだろう。

しかしながら、どこか最近の子供にとって駄菓子は古臭いものだという認識があるらしい。それは店主が学校帰りの小学生の会話を偶然聞いてしまったことからそういう情報を仕入れたとのことらしいが、だとすればその小学生はかなり人生を損していると思う。小学生の時点で人生を損しているとはどういうことか、って話になるかもしれないが――だってそうだろう? 駄菓子のことについて、一切と言っていいほど知らないのだから。それを『人生損している』と言って間違いないわけがないだろう。

「それにしても、あんたが急に話をしたい、って言い出したもんだからびっくりしたよ。どうしたの?」

そう言ったのは、三崎だった。

三崎はチューペットタイプのスポーツドリンクを咥えながら、僕の横に腰掛けていた。革靴は歩いていて痛いためか、左足の靴を脱いで半分体育座りのようになっている。あと少しのところでスカートの中身が見えてしまいそうだが、それは何とか見えないようになっているようだ。というか、三崎はいつもスカートの中に短パンを履いていたはずだ。なぜそんなことを知っているかというと偶然三崎のパンチラ現場に遭遇した男友達が悲観にくれた表情でそう言っていたからだ。悲しむのは解るが、あいつに期待したのが間違いだった――そう言っておこう。

三崎は左足に頬を寄せながら、話を続ける。

「……まさか、あの転校生を早速狙っていこう、なんていう魂胆じゃないだろうね?」

「読まれているぞ、北谷。反論してみたらどうだ」

「お前ら俺に対する風当たり強くないか!?」

「強いか強くないか、と言えば強いだろうな。……で、どうなんだ? お前はいったいどう思っているんだ。まさか転校初日から狙っています、なんてドン引きな発言はしないだろうな?」

三崎は発言がきついときがある。そうしてそれは昔から付き合いをしている連中――例えば僕や北谷とか――なら問題は無いのだが、彼女に対してあまり抗体が無い場合、その口調を一度聞いただけで心が折れかねない。

三崎の発言を聞いて、それでも臆することなく北谷は話す。

「……別にいいだろ。一目ぼれ、ってあるじゃないか。まさにそのことだよ。それを俺は感じている。それを、タクも三崎も解らないのかね?」

「いや、流石に転校初日から転校生を狙うのは無いわ」

右手をひらひらと振りながら溜息を吐く三崎。

そして僕のほうに視線を移す北谷。

残念だが北谷――僕も同意見だ。

そう思いながら、僕はただ彼の視線から目を逸らすことしかできなかった。

「せめて何か答えてくれよ、タク!」

残念ながら、お前に掛けてあげる言葉が見つからなかったんだ。許してやってくれ。この不愛想な友人を。

「……話は変わるけれどさ」

チューペット型のスポーツドリンクをとっくに飲み干してしまっていたのか、三崎はそのチューペットをくるくると丸めながら、

「あの子なら、いろいろと情報を持っているわけでもないよ? 彼女、自分のことはあまり話したがらなかったし。私としては、何か隠しているのかなと思ったけれど……ただ、あまり詮索しないのが私たちのルールだからね。それで弱みを握られたくないし」

「私たち?」

「あのクラスの女子のルール。いろいろとあんのよ、私たち女子にも」

女子のルール。うう、いろいろと面倒そうなルールだな。柵がたくさんありそうだ。それに、いざこざや私怨も多いのだろう。何というか、どちらかというと女性同士のほうが争いがねちっこくなるという話は聞いたことがある。いわゆる肉体的に喧嘩をするのが男性同士で、女性同士は口喧嘩というどちらかといえば精神的な喧嘩をするのが多いと言われている。そう考えれば、弱みを握られるのはあまりよろしくない。

三崎は丸めたチューペット型容器を袋の中に仕舞い、そのままゴミ箱に放り投げる。

ゴミはゴミ箱へホールインワンを決めた。

それを確認したうえで、三崎はさらに話を続ける。

「結局のところ、女子というのはあまり敵に回さないほうがいいのよ。理由は単純明快。精神的な攻撃をしかねないから。いじめも辛いのは女子同士なのよ? はっきり言って、見ていられないくらい精神的に凄惨なものになるのだから」

駄菓子屋での会話はなおも続く。

「でもさあ? 実際のところ、最近すごく暇だとは思わない?」

ホームランバーを齧って、それを僕に向けながら三崎は言った。

三崎の言う『暇』とはいったいどういうことなのだろうか。確かに最近試験が終わったばかりだし、あとは夏休みに向けてだらだらと授業を受け続けていけばいいだけの話になるわけだけれど。

ぴんと来ていない様子が三崎に気付かれたのか、彼女は僕を睨みつけてきた。

「……解っていないようだから言っておくけれど、ここんところ何か刺激が足りないような気がするのよね」

「刺激なんているかなあ。別に今のこの世界が平和な日常なら、それでいいと思うけれど」

「甘いぜ、タク。確かに平和はいいことだ。でも刺激が無い一本調子な日常というのも、少々辛いものを感じないか? 持久戦耐久レースじゃないけれど、まさにそれに近い何かを感じるわけだよ」

しかしまあ。

実際には日常が平和であるなら、それで問題ないのではないだろうか。

三崎と北谷はたまによく解らないことを言い出してくる。別に解らないことではない――なんて言われてしまえばそこまでかもしれないが、とはいえ僕の理解の範疇を上回っていることは紛れもない事実だ。

「平和なのはいいことだけどさー……」

三崎はベンチに凭れかかって、その姿勢のまま空を眺める。

空は雲がゆっくりと風に流されていて、とても平和そうだった。

「……ほんとうに平和だよなあ……」

お前はさっきからそういうスリルが無い日常はつまらないと言っているが、いざそういうスリルに直面したときそれをクリアすることが出来るのか――なんてことを言いたくなったが、すんでのところで抑える。

それを言ったところで関係が拗れるというデメリット以外何も発生しない。だったら言わないほうがマシだ。

「うん……」

駄菓子屋の軒先にある樹木の葉が揺れる。

とても、平和な世界。

もし可能なら――ずっとこの世界に居たいと思った。

「でも、もう駄目だよ」

僕は立ち上がる。

北谷と三崎が疑問を浮かべて首を傾げていたが、そんなことはどうだっていい。

僕は前に進まなければならない。

空を見上げた。

「……ガラムド。これは僕の世界であって僕の世界ではない。確かにこれは僕が望んだ世界だ。僕が帰りたい世界だ。僕が望んだ『平和』そのものだよ」

世界そのものにノイズが走る。

それは、僕の視界にノイズが走ったわけではなく――きっとこの世界そのものが『否定』されたことによるものだろう。

「どうしたんだい、タク。……暑さにでもやられたか?」

北谷が僕に問いかける。

でも、お前はお前じゃない。

この世界は――現実であって現実じゃない。

「そう。この世界は――僕があの世界に行かなければ得ることの出来た日常だ。得ることの出来た、というよりかは続けることの出来た日常、とでも言えばいいだろう。いずれにせよ、これは君が作り上げた世界だ。そうなのだろう?」

世界に、ヒビが走る。

そのヒビは小さいものだった。ヒビ割れた世界の向こうには闇が広がっていた。

そうして、徐々にそのヒビは大きくなっていく。

やがて、完全にその世界は崩壊した。

残されたのは、闇。

そうして、白いワンピースの少女――ガラムドが僕の前に立っていた。

「あーあ、いいのかい? あの世界はあなたがずっと過ごすはずだった世界だ。その世界にせっかく戻してあげたのに。どうしてあなたは自らその選択を潰したんだい?」

「僕があの世界に戻れたとしても、この世界は救われてはいない。僕は予言の勇者として……この世界にやってきた。だから、最後にけじめくらいつけたい。……それとも、まさか、ガラムド。お前は、『力を与える』と言って僕に戦いを放棄させようとしたのか?」

「……さあ、どうでしょうね?」

ガラムドは不敵な笑みを浮かべたまま、こちらを向くだけだった。

あたりを見渡すと、あの小高い丘も、白いテーブルと椅子のセットも、ティーセット一式も、何もかもが無くなっていた。

ただガラムドと僕だけがこの世界に存在している唯一の存在だった。

ガラムドは溜息を吐き、話を続ける。

「……別に、ボクはあなたに力を与えたくないわけではありません。なぜならあなたをこの世界に連れてきたのはボクですからね。この世界に再度予言の勇者を降臨させる、その任務を遂行するために。……そしてそれは人々に望まれていたのですから」

「じゃあ、その試練とやらを受けさせてくれ。……時間が無い、とは言わないがいつまでこのような茶番をするつもりだ」

僕は、正直憤りを感じていた。

まさか神様自体からこのような時間稼ぎをされるとは思っていなかったからだ。とはいえ、これでようやくスタートラインに立つことが出来る。これで、力を復活させるための試練を行うことが出来る。

「茶番、ですか。あれも立派な試練の一つですよ。目の前にある平穏を見てもなお、この世界を滅ぼすとも復活させるとも使える力を復活させる試練を行うことが出来るか……というね」

試練、か。

その割にはかなり精神的にえぐいダメージを与えるようなものだったと思うけれど。或いは今から試練を受けるよりかはその空想の世界で生き続けるがいい――そういうメッセージだったのかもしれない。

けれど、まだ僕はこの世界でやるべきことがある。

それをクリアできない限り、僕は元の世界に戻ってはいけない。そう思っていた。

「……ほとほと思いますが、意識の高い方ですよ、あなたは」

「意識が高い? まさか。僕はただ、やるべきことをやっているだけのこと。それだけだ」

もしかしたらそれがガラムドにとって『意識が高い』という言葉の意味なのかもしれないけれど。

「……まあ、ここまで話を続ける必要は無いでしょう。あなたにとって、今一番やりたいことはあの世界を救うために力を取り戻すこと。そうでしたね? だから、そのためにあなたは試練を受けなくてはなりません。本来、先程の泡沫に残り続けるようならば、ボクはあなたを見捨てるつもりでした。……でも、あなたは未練を断ち切りました。だから、ボクも改めてあなたと向き合うことといたしましょう。さあ、手を取って」

ガラムドは僕に手を差し出す。

その手を取るべきか――一瞬悩んだ。

さっきの扱いを見て、まだガラムドを信じ切ることが出来なかったからだ。僕を裏切って、だまして、元の世界だった何かに閉じ込めようとしていたくらいなのだから。

ほんとうにガラムドは僕に力を与えてくれるのだろうか?

そんなことを思ってしまうくらいだった。

そんなことを考えると――ガラムドはどうやら僕の考えていることを手に取るように解るようで、

「怖いのか?」

と、ただ不敵な笑みを浮かべて言うのだった。

だから僕は答えた。

真っ直ぐと、前を見据えて言った。

「怖くなんか、無いさ」

それを聞いたガラムドはゆっくりと、しかししっかりと頷いた。

「……なら、向かいましょう。あなたが挑む、ほんとうの試練に。あの世界を救うことが出来るくらい、絶大な力――その力を取り戻すための試練を」

そして、僕はガラムドの手をしっかりと強く握りしめた。

 

◇◇◇

 

「簡単に言ってしまうと、これから行う試練はある歴史の|追体験(シミュレーション)となります。歴史の追体験、と言ってもそれはレールに乗っていればあっという間にクリアまでたどりつけるわけではありません。簡単に死んでしまいますし、廃人になる可能性だって十分に考えられる。ボクの言いたい意味が解りますか?」

「……とどのつまり?」

「失敗する可能性が非常に高い、ということですよ。あなたが今から挑む試練は」

ガラムドは踵を返し、ゆっくりと歩き始める。

闇の空間は意外にも一寸先は闇といった状態で、どういうことかといえば、少しガラムドが僕から離れただけでその姿は闇に溶け込んでいくということだ。

「おい……待てよ、ガラムド!」

僕はガラムドを追いかけるべく――走り出した。

「そんな慌てなくても、すぐ傍に居ますよ」

ガラムドは溜息を吐く。

よく見るとガラムドは僕の直ぐ傍に立っていた。強いて言えば、その若干闇に溶け込んでいる辺りが『離れている』ような様子になっているわけだけれど。

「……あなたが慌てている様子も解らないでもありません。けれど、しかしながら、あなたはこの試練を乗り切らなくてはなりません。この試練を乗り越えることで……あなたは真の力を手に入れることが出来る」

そうは言うが、試練はどうやって実行出来るのか。

まさかさっきのように急に意識を飛ばされるなんてことは――。

「さっきと同じように、やればいいのですよ。簡単です。あなたは何もする必要はありません。ボクが試練の世界にあなたの意識を飛ばすだけ。だから、あなたは何も準備しなくていいのですよ」

「……意識を飛ばす、か。簡単に言っているけれど、それで僕はどうすればいい? ゲームには何らかのクリア目標があるはずだろう?」

「ええ、簡単ですよ。その試練をクリアする最終目的は……ある女性を守り抜くこと。あなたはシミュレーションしていくうえである男性になりきる必要があります。なりきる、というよりも身体に憑依するといった感じでしょうか。ああ、でも、安心してください。記憶や知識はすべてその人間の身体に収録されていますから、自動的に読み込まれます。ですから、その世界に行ったとしてもご安心ください。……それじゃ、ご武運を」

そう言って、ガラムドは僕の身体に右の手のひらを向ける。

目をつぶり、念じる。

そうして、再び僕の意識は――闇に落ちた。