第二十一話(5)

まったくイメージは湧いてこないが、しかし二人が言っていることを合体させて考えるとすれば、僕がオリジナルフォーズを封印したのち死ぬことになっている。それがどうして死んでしまうのだろうか、それについては二人とも明言を避けているように思える。それがわざとなのか偶然なのかは解らない。

だが、メアリーがそれをわざと隠しているようには思えなかった。もし知っているならばそのまま言ってくるだろうし、それについての対策を考えてくるはずだ。それを考えていないということは――とどのつまり、僕が死ぬことは解っていてもなぜ死ぬかまでは解らないのだろう。

メアリーの考えも、バルト・イルファの考えも二人ともそれが間違っているとは認識していないはずだ。悪も正義もこの中では関係のない話だった。今、ここでは二人とも話している内容は正義そのものなのだから。

正義と正義のぶつかり合い。

それがこの二人の話し合い、だといえば納得がいくのかもしれない。

だとしても、こう長々と二人の会話で時間を潰すわけにもいかない。そう思って、僕は二人の間に入ろうと一歩前を踏み出した。

「メアリー、いずれにせよ……僕を救おうとしていることは解る。それについては感謝してもしつくせない。けれど、問題は……まだそれが見つかっていない、ということだと思う。対策が何一つとして見つかっていないのだろう?」

メアリーはそれを聞いてずっと俯いていたが、やがて観念したのかゆっくりと頷いた。

「ということは、今の状況では僕がこの世界を救うしか方法が無い、ってことになるよ。この世界をグチャグチャにしてしまったのは……、リュージュに操られていたとはいえ、僕が封印を解く魔法を使ったことが一因といえる。だから、僕が責任を取らないといけない。いわゆる、ケジメというやつだ」

「いや、それは間違っている。あなたが犠牲になる必要はない……!」

「そうだとしても、その結果を導き出すまでどれくらい時間がかかるの? 机上の空論ではなく、ちゃんとした証拠を出すまでどれくらいの期間が必要になる?」

その言葉を聞いたメアリーは僕に言葉を投げかけることなく、ただ俯くばかりだった。

つまり、今のメアリーにはこの状況を打開する策が無かった、ということになる。

「メアリー・ホープキンの御託はどうだっていいんだよ、フル・ヤタクミ」

バルト・イルファが思い出したかのように、僕に問い掛けた。

「……どうだっていい、ですって……!」

メアリーはバルト・イルファに噛み付くかのように前に出て、反論した。確かに彼女からしてみれば、自分の意見を真っ向から否定された、否、切り捨てられたのだから怒るのも致し方無いのかもしれない。

バルト・イルファはそんなメアリーの感情剥き出しの反論にも冷静に対処する。

「だって、そうだろう? メアリー・ホープキン、今の君にフル・ヤタクミを諭すことなど出来ない。出来るはずがない。何故なら私利私欲のために、本来開示すべき情報を意図的に伏せていたのだから。それはこちらにとってアドバンテージとなってしまう。そうではないかな?」

「何をさっきから……。フル! バルト・イルファの言っていることはすべてまったくのでたらめ! 嘘よ!」

「果たしてほんとうかなあ? その焦りが証拠になっているのではないかな?」

メアリーは何も答えてはくれなかった。

なあ、メアリー。どうして答えてくれないんだ。どうして僕の目線からそらすようにしているんだ?

「……バルト・イルファ。さっきから聞いていれば、でたらめを言っているのは君ではないかな?」

そう言ったのは、メアリーの隣でずっと見守っていたルーシーだった。

僕的にはルーシーはずっと静観しているものかと思っていたが――メアリーが一方的に叩かれている状況を続けるのは流石に不味いと思ったのだろう。だから、ここで助太刀したのかもしれない。

ルーシーの話は続く。

「君の考えも解る。けれど、僕たちの考えも間違ってはいない。つまり、どちらかが歴史を曲解させているということになるだろう? しかしながら、君はかつて魔法科学組織シグナルに所属していた。反社会的勢力だ。その組織に所属していた君と、僕たち。世間は結局どちらを信じるだろうね?」

「世間がどうだっていいだろう? ルーシー・アドバリー。それは議題のすり替え、というものだよ。問題は僕と君たちの話を聞いて、フル・ヤタクミがどちらにつくか。それが問題ではないかな? 彼が僕たちの話を理解して、最終的にどちらの味方になるか、というのが問題だろう?」

そこで、バルト・イルファは僕のほうを見つめた。

「さあ、予言の勇者クン。審判の時だよ。君がどちらを選択するか、世界の未来は君に託されていると言っても過言ではない。では、問題だ。この世界を救うためには僕かメアリー・ホープキンか。どちらを信じるかな? ああ、一応言っておくけれど、十年前の関係性については無視しておいたほうがいいと思うよ。それに漬け込んで噓を吐いている可能性だって、十分考えられるだろう?」

審判の時。

バルト・イルファはそう言った。

メアリーの考えも、バルト・イルファの考えも、客観的に考えていかねばならない。

そうして、僕がどう行動していかないといけないか、それも判断しないといけないだろう。

だが、僕はそれについて――一つの考えを決めていた。

「メアリー……。僕は僕の成すことをやっていくことにするよ」

それを聞いたメアリーは、目を丸くした。

そりゃそうだろうね。それは君が考えていたことの中で最悪のパターンになるのだから。

メアリーはゆっくりと言葉を紡いでいく。

「それって、もしかして……。いや、いや! どうしてあなたが犠牲にならないといけないの! どうしてあなたが死ぬ必要があるの! オリジナルフォーズは確かに封印しないといけない。けれど、あなたが死ぬ必要はない。誰一人として死ななくていい、そんなハッピーエンドの方法があるはず! それまで、それが完成するまでは、あなたは死んではいけない」

「でも、その方法が直ぐ完成するとも限らない。そうしてその間人々はこの世界で不自由に暮らす必要がある。ストレスもたまるだろう。予言の勇者がオリジナルフォーズを目覚めさせてしまったからこんなことになってしまったということはみんな知っているのだろう? なら、予言の勇者がそのけじめをつけるべきだ、という意見もきっと出ているはずだ。そして、君はきっとそれを理解しているのだと思う」

メアリーは何も言わなかった。正確には、何も言い出せなかったのかもしれない。

僕は話を続ける。

メアリーに右手を差し出して、

「メアリー。花束を僕に差し出してくれないか?」

「……、」

その言葉にメアリーは答えてくれなかった。

「メアリーが花束をくれないと、何も始まらない。第三の道、とでも言えばいいだろうか。このまま皆絶望の世界を暮らしていくことになる、ということだ。それははっきり言ってだれも望んじゃいない。その世界を救うためには、一番簡単な手段をとったほうが楽だと思うんだよ」

「でも、それじゃフルが……フルが死んじゃう……!」

メアリーは大粒の涙を流していた。

僕はそれを見て、ただただ何も言えず佇んでいた。

メアリーの話は続く。

「確かにあなたが世界を救ったほうが一番簡単だったかもしれない。けれど、それによってあなたという犠牲を払うほど、世界を救うのが難しいのならば、私はこの世界がこのままであっていいと思っている。それだけじゃない。十年間あなたはずっと封印されていた。私は、ルーシーもだけれど、ずっと追い続けていた。あなたがどこにいるのか、あなたを追いかけていたのよ。……十年前のあの答えも、きちんと聞けていないし」

「十年前、の?」

メアリーの言葉に僕はたじろいだ。

確かに十年前、僕はメアリーから文字通り『告白』を受けた。そしてそれに対する解答は、何やかんや色々あって有耶無耶になってしまったのだ。

メアリーは未だ、その答えを待っていたというのか。

僕はそれについて最早何も言うことは出来なかった。

しかしながら、僕としても確かにその答えを伝えなければならないだろうという思いはあった。けれども、それについては何か考え難いものがあって、そう一概に直ぐ答えが出せるものでは無い。それについてはきっとメアリーも解っているはずだった。

「……ええ、そう。十年前のこと。まだ、忘れたとは言わせないわよ……」

忘れていない。

忘れたなんて言うもんか。

だって僕もずっと、その答えについて考えていたのだから。

「……忘れないでもらいたい、のはこっちの台詞だけれどね? 何故此方だけで物事を終わらせようとしているのかな?」

痺れを切らしたのか、バルト・イルファは少し焦りを見せているようだった。

十年前の告白、その答えもしなければならない。

だが、先ずは、今の質問について解答する必要があるだろう。僕はそう思って、ゆっくりと口を開いた。

「……メアリー、バルト・イルファ。僕は、予言の勇者としてこの世界にやってきたのだと思う。はっきり言って、それについて自覚は無いのだけれど……、まあ、十年前のあの時も緩やかに進んでいたから、自覚するまで時間がかかるのも解ると思う、解ってくれると思う。でもね、これだけは言わせてくれないか。予言の勇者だからこそ、という訳では無いけれど、自分がやったこと、それについてはケジメを付けたい。それが例え、どれ程過酷なことであったとしても構わない。だから、メアリー。……その答えについては少し待ってくれないか。絶対に、絶対に帰ってくるから。帰ってきて、全て終わったら……話そう」

「……それはつまり、私のことは信じられないということなの?」

「そういうことでは無いよ。ただ、リュージュの策略があったとしても、あれは僕が蒔いた種だ。だから、僕にケジメを付けさせてくれ。ただ、それだけのことだよ」

メアリーは何も言わなかった。

きっと何か彼女の中でも葛藤があるのかもしれない。それについては僕も悪いことをしてしまったと思っている。けれどこれは僕が決めたことだ。今更変えることは出来ないし、しないだろう。

「……だから、花束を僕にくれないか。それを使わないと、神殿へ向かうことが出来ないと聞いた。この世界を救うためにも……お願いだ」

「…………、」

メアリーは何も言わなかった。

「……メアリー・ホープキン。君の考えがどうであれ、彼の選択はこうなった。これを受け入れるべきかと思うが、どうかな? このまま平行線を辿って行っても何も変わらないと思うけれど」

バルト・イルファは僕の意見に賛同するように言った。

それどころか、彼は僕の肩に手を載せて、メアリーを見つめていた。

それを見て気が気じゃないのは、恐らくメアリーだろう。

僕がメアリーの立場だったら、きっとどうして僕がその選択をしたのかということについて訊ねるに違いない。

僕はそう思って、待ち構えていた。彼女について、申し訳ないと思っていたが、それでも僕はただ耐えるのを待っていた。

けれど、メアリーは僕に言葉を投げかけることはしなかった。

「……メアリー、お願いだ。頼むよ」

僕は再度彼女に言葉を投げかける。

急かしているわけではない――というのはただの言い訳になるのかもしれないけれど、それでも、急いでこの世界を救う必要があるだろう。僕はそう思っていた。

メアリーは何も言うことなく、彼女の手に持っていた『花束』を――ゆっくりと差し出した。

「メアリー!」

ルーシーがその行動を見て止めに入る。

けれど、メアリーは首を横に振った。

「……いいの。いいのよ。フルがやると言ったなら。フルが世界を救うと言ったなら」

「けれど。けれど、それって……、君が、フルが死んでしまうかもしれないから、どうにかしなきゃ、って言った話じゃなかったのか! それを諦めるって……」

「大丈夫。ありがとう、ルーシー。別に、フルを諦めたわけじゃないから」

そうして、僕は花束を受け取った。

「メアリー、ありがとう……。そして、ごめん」

僕の言葉を聞くまでもなく、メアリーは踵を返し祠を後にした。

ルーシーも慌ててそれを追いかけていった。

また、僕とバルト・イルファの二人きりになった。

「……さて、また二人きりになったね。邪魔者は勝手に居なくなった。花束は手に入った。完璧じゃないか。これで神殿の障壁は取り除かれる。僕たちは神殿へ入ることが許されるんだよ。……そうして、剣の力を手に入れる。そうすれば完璧だ。素晴らしいこととは思わないかな?」

素晴らしいこと。

バルト・イルファはそう言った。

けれど、僕はそれを素晴らしいこととは素直に思えなかった。

この世界を救うため――仕方ないことなんだ。僕はそう自分に言い聞かせるしかなかった。

「……君が気にすることではないよ、フル・ヤタクミ」

バルト・イルファが僕に声をかける。

肩を叩いて、まるで僕を慰めるかのように。

「別に悲しんでなどいないよ……。ただ、メアリーには迷惑をかけてしまった、ということ。これについて、ずっと自分の中で考えていただけ。ただそれだけの話だ」

「ほんとうにそうかな?」

バルト・イルファは鼻で笑っていた。

僕のことについて、ただ一笑に付すだけだった。それについては、僕は何も言いたくないことだったけれど、だとしても、それを指摘されたくなかった僕にとっては、バルト・イルファの言葉を、意志を、決断を、すべて無視してしまおうかとも思った。

しかしながら、バルト・イルファが居ないとこの先進めることが出来ない。

そう考えると、僕はそこで立ち止まることが出来た。

「……バルト・イルファ、いつまで言っている。僕はとにかく前に進まないといけない。前に進んで、この世界を救わないといけない。この世界を救うことが出来るのは、僕だけなのだから」

「そう言ってもらわないとね」

バルト・イルファは僕の言葉を聞いて、笑みを浮かべた。

彼も彼なりに考えがあって、僕を利用するために活動しているのだろう。

そして今は彼の計画通りに物事が進んでいる。確定ではないと思うが、誤差はほぼ無いとみていいだろう。そしてバルト・イルファは僕に笑みを浮かべている。それはこの計画が順調に進んでいるということ、それを僕に伝えたいのかもしれない。

「……ところで、花束を手に入れたはいいが、どうやって解除することが出来るんだ?」

僕はバルト・イルファに問いかける。

バルト・イルファは肩を竦めて、僕を見つめる。

「それが解れば苦労しないよ。ただ、神殿への道、そのバリアを解除するには花束が必要だということ。これしか判明していない。しかし、裏を返せば、花束を持っている今、一番近い存在に居るのは僕たちということだよ」

「何に?」

「そりゃあ、もちろん、神殿に……だよ」

「言いたいことは解るが、しかし、実際のところ、ここからどう行けばいいのか解らないだろ。……それともあれか。仮にこの違和感を抱いてしまう程微妙なスペースにこれを置いてみると……」

そうして、僕は石板にある微妙な窪みにそれを嵌め込んでみた。

すると意外にもあっさりその窪みに『花束』ががっちり嵌ってしまった。

「……あれ?」

それを見ていた僕はあまりの驚きに思わずバルト・イルファのほうを見ていた。

しかしながら、それはバルト・イルファにとっても想定外だったらしく、目を丸くしていた。

「それは……おい、いったいどういうことだ? フル・ヤタクミ、君はいったい何をした?」

「それが解れば苦労しない……! え、ええ? どういうことだ。なぜ花束はここに嵌った? まさか……、これが暗号を解く鍵だった、ってことか……?」

「となれば、話は早い!」

バルト・イルファは急いで祠の外へと出ていった。

僕もそれを追いかける。

そして外に出ると、バルト・イルファは神殿のほうの空を見つめていた。

さっきは靄がかっていたように見えた空も、澄んで見える。

「……まるで、何かの障壁が消えたかのように……」

「これならば、問題はない。急いで向かうぞ、神殿へ」

その言葉に、僕は大きく頷くのだった。

 

◇◇◇

 

 

そして、その異変を感じ取ったのは何もフルたちだけでは無い。

「……障壁が、消えた……?」

メアリーは空の異変を感じ取り、独りごちる。

メアリーの言葉を聞いてようやく理解するに至ったのは、その気配を感じ取れなかったルーシーだった。

しかしながら、彼自身も気配を感じ取れなかったわけではない。一人考え事を――正確に言えば、ハンターと二人で考え事をしていたからだ。

フル・ヤタクミを殺すことの出来る絶好のチャンスを逃がした。

フルを殺すことの出来るタイミング――それは数少ないものであることは理解していた。

否、正確に言えばフルが死んだことをバルト・イルファのせいに出来て、かつメアリーがフルのことを引き摺らないようにするポイントが数少ないというだけだ。

あまり引き摺ってしまうと、今度はメアリーが未亡人になりかねない。

それはルーシーにとってはあまり宜しくないことだった。

出来ることならば、この世界からフル・ヤタクミという存在、すべての記憶を消し去ってしまいたい。そう考えていた。

しかし、それができる数少ないチャンスを逃がしてしまった。

(……ハンター、お前が提起したタイミングを逃がしてしまったぞ。いったいいつフルを殺せるんだ?)

ルーシーは心の中でハンターに問いかける。流石に声に出して会話をするわけにもいかないので、そうやって会話をしていくしかなかった。

『ほんとうはそのタイミングで殺してしまいたかったんだよ?』

ハンターは姿を見せることなく、ルーシーの頭の中に直接語り掛けた。

(ならば、どうして殺さなかった?)

ルーシーの疑問はただそれだけのことだった。

それだけのことだったわけだけれど、しかしながらルーシーは疑問を思いながらも怒りを抱いていた。

『……問題は、あなたが考えているたった一つの問題は、そこだよね。けれど、私にとってもそれは及第点だと思っている。理解していることは確か。問題として、解決できないことは、私にとっても重大な情報があったからこそ』

ハンターの発言はところどころしどろもどろになっていて、理解することは難しかった。

けれど、ルーシーはどことなくその発言の趣旨を理解することが出来た。

(とどのつまり、フルを殺すよりも重大なことが起きた。だから、殺さなかったのか?)

『ええ、その通り。我々の目的はあくまでもこの世界を監視することだった。しかし、その障壁となったのは予言の勇者……そう考えられていた。しかし、我々の中で考えるようになった。予言の勇者はほんとうに殺すに値するべき存在なのか、と』

(なんだ、それは……。僕が言ったときは、利益が合致する……そう言っていただろ? だのに、どうしてそんなことを言い出すんだよ。それって、詐欺じゃないのか!)

『詐欺……。ええ、そういうかもしれませんね。けれど、私たちはあくまでも「監視者」。そしてそのために、世界に必要な存在ではない、その存在を排除する役割もある……。そして、この世界に不要と判断されたものは速やかに排除しなければならない。そう認定されたのが、予言の勇者であるフル・ヤタクミ。彼は世界のために、必要な犠牲なのですから』

(必要な犠牲なのは……解る。だが、どうして僕の意見を通してくれない。僕の意見と君の意見が合致したからこそ、そうやってどうにか出来たのではないのか?)

「ルーシー、どうしたの。ずっと考え事をしているようだけれど」

ルーシーとハンターの会話は脳内で長らく続けられていたが、メアリーの言葉を聞いて我に返った。

メアリーはずっとルーシーを見つめて首を傾げている。ルーシーがずっと考え事をしている表情を見て、心配しているようだった。

だからルーシーはメアリーの心配を出来る限り早く解きたいと思っていたから、首を大きく横に振った。

それも、一度だけではなく何度も。

それは彼女の不安をいち早く取り除くために。

「メアリー。大丈夫だよ、少し考え事をしていただけだ。それよりも、メアリーは大丈夫かい? ……どうやら、フルはバルト・イルファに洗脳されているようだけれど」

実際にそうではないだろう。それはルーシーも感づいていた。

しかし、今の状況を鑑みるにそうしておいたほうが彼にとって都合が良かった。

だから出来る限りフルを悪い方向にもっていきたかった。それがルーシーの思惑だった。

そして、メアリーはルーシーの言葉を聞いてゆっくりと頷く。

「……そうだね。バルト・イルファがどうやってフルを洗脳したかどうか解らないけれど、実際のところ、フルをどうにかしないといけないのも確か。でも、バルト・イルファもどうやらオリジナルフォーズを倒しておきたいようだけれど……」

「もしかして、バルト・イルファとリュージュは今別の組織に居るか、或いは別の思惑が動いているのか。そのどちらかなのかな? 実際のところ、確証は掴めないけれど。でも……、フルが洗脳されている可能性を考慮したとしても、僕たちが考えている方向に進んでいることは確かだよ」

ルーシーにとってもそれはラッキーだった。

バルト・イルファとリュージュたちが別の方向を進んでいることは明らかだ。それがどういう思惑の元進んでいるかどうかは彼らの知る由ではない。しかしながら、それはそれで彼らの考えていた『世界を元に戻そう計画』には狂いのない方向だったということは間違いないだろう。

しかしながら、ルーシーは考える。

このまま進んでいくことで、メアリーは彼に心を傾けてくれるのだろうか?

フルはこのまま生き続けている。そして花束を使うことで神殿へのバリアを解除し、神殿へと向かうことになっている。力を開放し、オリジナルフォーズを倒す。それは彼自身の命が犠牲になることは間違いないのだが、いずれにせよ、彼自身がそういう理想的な死を遂げることでメアリーはそのまま一生フルを愛し続けてしまうのではないか――そう考えていた。

それはルーシーにとっては最悪の結末だった、ということは間違いないだろう。

そう考えたからこそ、今のルーシーにはフルをいかにして殺すか――それしか考えられなかった。

だから、ルーシーは提言した。

「メアリー。向かおう、神殿へ。神殿で力を開放する前に……フルを僕たちの手に取り戻すんだ。それによって、僕たちはまだやり直せる。そうだろう? そうとは思わないか?」

それを聞いたメアリーは、その手があったかと急いで振り返る。

メアリーの目は輝いていた。

「……そうか。その手があったわね。……有難う、ルーシー。取り戻しましょう、フルを、私たちの手に」

ルーシーとメアリーは、思惑は違えど方向性は一つ。

神殿でフルと出会う。

そうしてフルとバルト・イルファも、世界を救うために神殿へ足を踏み入れる。

その神殿で、何が待ち受けているのか――今は誰にも解らない。