第二十一話(4)

「でも……、名前を残すほど、ということはやはりとんでもない偉業を成し遂げたんだろ?」

バルト・イルファは頷いたのち、ゆっくりと告げた。

「ヤスヴァールは……世界で初めてガラムドを人間であると位置付けた研究者だよ。そんなこと、恐れ多くて誰も研究しなかった。当然だろうね、だって自分たちの世界を作ったと言われていたカミサマがただの人間なんて、言えるはずがなかった」

神様を初めて人間と提起した存在。

それが賢者ヤスヴァールだった。

「賢者ヤスヴァールは、研究者にして神学者にして犯罪者だった。ガラムドを神と敬う一派からすれば、ガラムドを人間としてしまうのは非常に面倒だということだよね」

そう思うのは仕方ないのかもしれない。

確かに人心を掌握してコントロールしたいのならば、ガラムドを神にしておいたほうが都合のいい人間も居るのだろう。

しかしながら、今ヤスヴァールの祠があるということは、彼は認められたということなのだろうか?

「……賢者ヤスヴァールは神様を人間と言い切った。はっきり言ってそれは、そんな簡単なことではなかった。君や僕が思う以上にね…….。けれど、それは彼も知っていてのことだった。知っていたからこそ、彼はそれをやったに過ぎなかった」

「ヤスヴァールは認められたのだろう? 祠に名前が冠されていることからも、そう考えられる」

「確かに。ヤスヴァールは認められたよ。けれど、それが認められたのは死後数十年経過してから、の話だ。ヤスヴァール自体は生前その研究が認められたことは一度も無い。そう言われている」

それを聞いて、僕は絶句した。ヤスヴァールは生前認められなかった? となると、彼は生前ずっと虐げられてきたのだろうか。その研究は出鱈目だ、誤った研究だ……と。だとすれば、とても悲しい話になる。出来ることならば、あまり考えたくない話だが。

「ヤスヴァールはいい研究者だったと言われている。賢者として若いうちは世界各地を巡ったとも言われているが……、その後若い娘を娶り、定住をしたそうだ。けれど、そこは賢者なのかもしれない。やることが無いから、本を書こうと思い立った。そうして作り上げた最初の書籍が……」

「その、神様を人間と言い切った本ということか……?」

その言葉にこくりと頷くバルト・イルファ。

僕としてはハッピーエンドになるものかと思っていた。しかしながら、そのハッピーエンドは簡単にバッドエンドになってしまうのだ、ということを思い知らされた。

バルト・イルファは溜息を吐いた。

「……まあ、ヤスヴァールは色々と大変だったと思う。しかしながら、彼にも僅かではあったけれど、弟子が居た。その中には後に君が……、予言の勇者がやってくるという予言をしたと言われるテーラも居たと言われているよ。残念ながら、確定的な証拠が無いために、あくまでも『そう言われている』だけに過ぎないが」

「その弟子たちは……ヤスヴァールが失意のうちに亡くなったところで彼の研究を無碍にすることはしなかった。それどころか、彼の研究を引き継いでさらに神とは何かというところまで研究し出す人間まで出始めた。ヤスヴァールはいい弟子を持ったと思うよ」

「……そんなことが」

「そうして、テーラや他の弟子の尽力も甲斐あって、ヤスヴァールの研究は認められた。祈祷師がずっと突っ撥ねてきた『ガラムドは人間だ』という説を受け入れた。……そして、彼は賢者として認められ、ここに彼の名前を冠した祠が作られた、ということだよ」

とどのつまり。

ヤスヴァールの祠は、彼が作ったものではなく、彼の名前を冠しただけということになる。

「……さて、話が長くなってしまったね。ここでずっと話していても意味がないことだろうし、とにかく今は祠に入っていこう。……ただ、問題は『花束』を手に入れていない、ということになるけれど」

「シルフェの剣で何とかならないかな……」

「そんな簡単に上手くいけば苦労しないよ。それくらい君だって理解しているのでは無いかな?」

それもそうかもしれない。

確かに花束が別のもので代用出来るならば、そっちを使った方が効率も良い。それに、そんなことは僕よりもバルト・イルファが詳しいはずだった。

「……まあ、とにかく先ずは祠を調査することにしようか。実は僕たちも内部を詳しく調査したことがなくてね……。花束をどのように使うのか、まだ定かでは無いのだよ」

「そんなものなのか」

「そんなものだ」

そして僕たちは祠の中に入っていった。

 

◇◇◇

 

祠の中は質素な作りだった。部屋が一つだけあって、その中心に石版があった。

石版を見ると、僕が見たことの無い言葉で……あれ?

「どうした、フル・ヤタクミ」

バルト・イルファが疑問を抱くのも仕方ないだろう。

だってその石版に書かれていた文字は、他でも無い……日本語だったのだから。

「どうして。どうして、こんなところに、僕が居た世界の言語が……!」

「成る程。異世界の言語が書かれているのか。……道理で、神殿や古代のガラムド神代の頃の文献は我々の言語とは違うものだと思ったが……、それですべてがうまくいく。ということは、君はこの石版の文字が読めるのか?」

「ちょっと待ってくれ。ところどころ掠れているし、文法も滅茶苦茶だけれど……、それでも読めないものでは無いと思う」

そうして僕は石版の解読に意識を集中させた。

石版に書かれていた内容は、確かに文法は滅茶苦茶だった。見るに堪えない、とはこのことを言うのかもしれない。いずれにせよ、僕の読み方が正しいかどうかははっきり言って解らない。

しかしながら、読み解いていかねば何も始まらない。

「……ガラムドは、世界の夢と希望を私たちにお教えになられた」

そして、僕は少しずつではあったけれど、その石版に書かれている文字を読み始めていった。

解らなかったら本当にお手上げだったよ、とバルト・イルファは言った。何故だか知らないが、さっきからお前はどこか余所余所しくないか? 一応着いてきているのだから、何か仮にダメだったら別の案くらい考えておいてほしかった。

「……ガラムドは世界の明日と未来を私たちに導いてくださった」

「明日に未来、か。やっぱりガラムドは未来を視ることが出来たのかな? 祈祷師自体がそういう力を持っているのも、ガラムドの血を引き継いでいるから、というのが確定なのかもしれないね」

「まだ続きはあるぞ。……ガラムドは世界の終わりに光を照らし、新たな世界の始まりを告げた。……これって、どういう意味だ?」

「多分、だけれど……、神話上に描かれている『偉大なる戦い』のことを指しているのではないかな? 文献も殆ど残っていないからどれくらいの規模のものかは定かでは無いけれど、少なくともこの星がいくつかに分裂してしまったのはそれが原因だと言われているし」

惑星の分裂。

本来ならば有り得ないことではあるのだが、この惑星もかつては一つの球体だった。それこそ、あの青い惑星と同じように。

しかしながら、偉大なる戦いが起きてすべてが変わってしまった。バルト・イルファも言った通り、その戦いがどれくらいの規模であるかは定かではない。ただ形として残っているのは、今の惑星の現状だ。今の惑星は平皿のようになっていて、その隅は滝になっている。ワールドエンドと呼ばれたその先に挑んだ人間は多くいるらしいが、誰も戻ってくることは無かった。

「……惑星の分裂って、実際、起きてしまったら星に甚大なダメージを与えそうなものだけれどな。どうなんだろうか、そこは」

「それを僕が知っていると思っているのか?」

バルト・イルファの言葉に僕は首を横に振った。確かにバルト・イルファの言う通りだった。それをバルト・イルファが知るとは到底思えないし、それについては別に考えていなかった。

それはそれとして。

「惑星の分裂について、バルト・イルファ、君が知っていることを教えてくれ。もしかしたら何かヒントになることがあるかもしれない」

「ヒント、だって? そんなこと無いと思うが……。まあ、いい。教えてあげよう。まあ、僕が知っていることなんて学校の教科書に書かれていることに毛が生えた程度だけれどね」

そう言って、バルト・イルファは話を続けた。

「……先ず、この世界はガラムドによってつくられたと言っている人も居るが、正確にはそうではない。ガラムドはあくまでもこの世界を救った存在に過ぎず、この世界はもともと存在していた、ということになる。……まあ、それは旧時代の文明遺産を見てもらえれば解る話なのだけれど」

「……ガラムドはこの世界を救った。だから、神として崇められるようになった、ということか?」

こくり、と頷くバルト・イルファ。

成る程、つまりガラムドはこの世界を災害から救ったから、神として崇められるようになったということ。それならば、万物を作り上げた神よりかはグレードが下がるということになるのだろうか。いや、神は同格しか考えられないのかもしれないけれど。僕がもともといた世界のように、八百万の神が居る世界ではないだろうし。

「そして、ガラムドはこの世界を救った後も、人間とともに暮らしたと言われている。戦いが終わった後は平和そのものだったからね。……ガラムドはそのまま誰かと結婚して、子供を二人産んだと言われている。その名前は確か……、アダムスとエヴァだったか。その名前は、祈祷師の家系の先祖として言われているし、それは彼らにとってとても有名な話だ」

「……ああ、そういえば祈祷師はガラムドの直系の子孫だったか。そんな話もあったな」

それを聞いたバルト・イルファは乾いた笑みを浮かべる。

「おい、別に僕には問題ないけれど、それは祈祷師連中やガラムドを信仰している人間から聞けば、卒倒するぞ。たとえ君が予言の勇者だとしても、殺されてしまうだろう。場所と時間を弁えた発言をしたほうがいい」

「でもここにはそんな人間なんていないだろ?」

バルト・イルファの言葉に売り言葉に買い言葉で答えると、バルト・イルファは頷いて、

「ま、それもそうだ」

と答えた。

石板の解析は続く。

「ガラムドは世界の始まりと引き換えに、我々とともに生きることが出来なくなった。……これはつまり、神になってしまった、ということか?」

「その通り、だろうね。でも、それが本当ならば、ガラムドはもともと普通の人間として生きていた、ということになるし、それは学者の通説として語られていてもおかしくはない。だが、それはヤスヴァールが明らかにするまで、皆黙っていたんだ。そんな歴史書があるってことを」

「……、ヤスヴァールは凄い人だったんだな」

僕は石板を見つめながら、そう言った。

ヤスヴァールが遺したものではないだろうが、彼がしてきた研究、その一端を見ることが出来た。

それはこの世界に生きていく上でかなり重要なことだったかもしれない。

「石板に書かれていることはそれでおしまいか?」

「……そうだね。あと書かれていることといえば、この世界の歴史について、か……」

バルト・イルファの問いに僕は答える。

それを聞いたバルト・イルファは深い溜息を吐いたのち、ゆっくりと頷いた。

「この世界の歴史は、皮肉にも、人間が滅びゆく方向に進みたがるそうだ。それがどこまで本当なのかは定かでは無いが、いずれにせよ、この世界は人間を嫌っている世界であることは間違い無いだろう。……この二千年余の歴史がそれを証明している」

「……二千年の歴史、か」

僕はバルト・イルファに声をかけた。

しかしながら、バルト・イルファの考えを一概に認めたわけではない。僕としては、バルト・イルファの考えもあくまでも一つの証拠に過ぎないと考えている。彼の考えも、世界の歴史を紐解くうえで、どう考えていけばいいかという結論に至るまでのポイントになるのだから。

「……いずれにせよ、これ以上の情報収集は出来ない、ということか。まったく、これでは『花束』を探すことが出来ない。いったい、どこにあるというのだろうか……!」

花束。

それは神殿に向かうために必要とされている何か。それについては何であるか実際に見たことも触ったこともないから、例えば今目の前にある石板が花束だと言われたとしても納得するかもしれない。なぜその命名をしたのか、という疑問は浮かぶが。

「いったい花束ってどういうものなんだ? やっぱり実物、とまでは言わなくても具体的な形が見えないとはっきり……」

「そこまでよ」

声が聞こえた。

そしてその声は誰の声なのか、僕はよく知っていた。

祠の入口に立っていたのは、紛れもなくメアリーだった。

メアリーは一歩前に立って、バルト・イルファに問いかける。

「……バルト・イルファ。まさかここでまたあなたに会うことになるとはね」

「それは、こっちのセリフだよ。メアリー・ホープキン。だって、ここまで早くこの祠に到着するなんて……」

「まあ、ほんとうはもう少しゆっくりでも良かったのだけれどね。……だって、あなたたち、『花束』を持っていないでしょう?」

メアリーはそう言って、僕たちを見下すように見つめていた。

その手には、木で作られた古い杖のようなもの。

もしかして、それが花束だというのか――。

「フル、お目が高いわね。あなたはきっと、これが花束だと想像しているのだろうけれど、まさにその通り。これは花束。これを使えば、神殿への封印が解かれ、真の力、その封印を解くことが出来る。まあ、そのためには儀式をこなす必要があるわけだけれど」

花束をくるくると回しながら、メアリーの話は続く。

儀式。聞いたことの無いフレーズだ。

もしかして、バルト・イルファは、サリー先生は、何か僕にまだ伝えていないことがあるのではないか? 考えただけで冷や汗が一筋垂れた。

メアリーは僕の表情を見て、冷笑する。

「……その様子からすると、誰からも『儀式』について何も聞いていない、ということね。それにしても誰も彼も適当過ぎる。他人ならどうだっていい、といえばいいかしら。いずれにせよ、自分さえ良ければいいという甘言は通用しない。それはフル、あなたもさっさと理解しておくことね」

「メアリー……、言いたいことは解るけれど、落ち着いて。そうじゃないと聞ける話もまとまらない」

僕はメアリーの気持ちを苛めるようにそう言った。

はっきり言ってメアリーの話はとても気になる。けれど、メアリーはどこか興奮している様子が見えるし、そうだと彼女に有用な情報しか僕に与えなくなる。それはメアリーの性格的問題ではなくて、人間の心理的問題らしい。僕も聞いた話だからどこまでほんとうか解らないけれど。

いずれにせよ、目的の達成を先行しようとして、自分で不要な情報かどうかを勝手に判断して伝えてしまうため、僕が得たい情報とメアリーが伝えてくる情報が乖離する恐れがある。それを考慮して、僕はまずメアリーに落ち着いてほしいと言ったわけだ。

メアリーは深呼吸を一つして、再度僕を見つめる。

「それもそうね。確かに私は少し我を失っているところがあった。実際問題、あなたには伝えたい情報がたくさんある。あなたが知っている情報が間違いだらけだということ。そのまま進めてしまうと、フルの身がどうなるか解ったものではない……ということ」

「……だとしても、メアリー・ホープキン。君だって理解しているのだろう? 実際のところ、フル・ヤタクミを犠牲にしないとこの世界を簡単に救う方法なんて見つからないぞ。それに、だからといって別の人間を犠牲にするわけにもいかない。それとも、まさか、君はフル・ヤタクミが死ななければ誰が犠牲になっても構わない、と。そう思っているのではないだろうね?」

バルト・イルファの言葉に、メアリーは何も答えなかった。

なあ、何で答えてくれないんだよ。明確に否定してくれないんだよ。

僕を安心させてくれよ、メアリー。どうして僕を見つめようとしてくれないんだ?

メアリーは何度か発言をしようとして、躊躇って、その繰り返しを遂げたのち――ゆっくりと話を始めた。

「……バルト・イルファ。あなたがどこまでその事実を知っているのかどうか解らないけれど、それは確かね。この世界について、一番簡単な手段は予言の勇者がオリジナルフォーズを封印すること。ただ、それだけの話。けれど、それではオリジナルフォーズに予言の勇者が殺されてしまう。それを私は阻止したかった。……それがどこまで出来るかどうかは、解らないけれど。諦めるわけにもいかない」

「予言の勇者が……オリジナルフォーズに殺される? それってどういうことだよ? 確定事項なのかよ?」

僕はメアリーに訊ねる。

それはバルト・イルファからもサリー先生からもメアリーからも、誰一人として教えてくれなかった事実だった。

それが確定事項であるとすれば、僕は今から死にに行くということになる。それは教えてほしい事実だし、出来れば誰一人死なせないほうがいい。僕だって、メアリーだって、誰だって考えていることだろう。

先に口を開いたのはメアリーだった。

「……なるべくなら、あなたには伝えないほうがいいと思っていた。けれど、あなたはきっと出ていこうとすると思った。だから言わないで、あなたに頼らずにこの世界を救う方法を考えていた。だから、あんな閉じ込めるようなことをしたの」

メアリーはゆっくりと言葉を紡いでいく。

それは慎重に言葉を選んでいるようにも見えた。

「だから、あなたにはできる限り迷惑をかけたくなかった。今度こそ、あなたがどこか遠くに居なくなってしまうと思ったから。それは嫌だった! あなたは、あなたは……いつもどこかに消えて行ってしまう! それを、やめてほしかった」

「要するに、メアリー・ホープキンはフルから離れたくない、って言っているのさ。どうだい、フル・ヤタクミ。とっても感動的な話だとは思わないかな? まあ、はっきり言ってこの世界を救うためには予言の勇者たるフル・ヤタクミ……つまり君が動かないといけないわけだが」

「……僕が死ぬのは確定なのか?」

「あくまでも予言でそうだといわれているだけだよ。だから確定かどうかといわれると微妙なところだけれど」

バルト・イルファは淡々と告げた。

その事実が真実であるかどうかは定かではないけれど、いずれにせよこれが本当であれば非常に面倒であることは間違いないだろう。それに、僕としても生死がかかっている。出来ることならば、はっきりとしておきたいところだが……。

メアリーはバルト・イルファの意見に反論するかのように、噛みついてきた。

「でも、それは間違っている。絶対に、絶対に、フルが死ななくていい方法があるはず!」

「それは理想論だろう?」

しかしあっさりとバルト・イルファに切り捨てられた。