第二十一話(3)

「だが、問題は殺すタイミングだ」

「問題があるのかい?」

「この世界をもとに戻さなくてどうする。その場で殺してしまっても構わないが、問題はそのあと。この世界をもとに戻すためにはオリジナルフォーズを封印する必要があるのだろう? そして、封印をするためには予言の勇者が必要となる。とどのつまり……」

「おい、どういうことだよ。それじゃ、あの神殿では殺すことが出来ない、ってことじゃないか」

ルーシーは一歩前に立つ。それはハンターに対する怒りと焦りを示しているようにも見えた。実際のところ、ルーシーはさっさとこの計画を終わらせてしまいたかった。そして、自分の手を使うことなく実行できるならば、その方法であとは結果を待つだけ――ルーシーはそう思っていた。

にもかかわらず、ハンターはそれを否定した。

ハンターはいったい何を考えているのか――今の彼にはさっぱり理解できなかった。

溜息を吐き、ハンターは話を続ける。

「簡単に説明しようか。先ず、今の世界をどうしていきたい。このままで、フルを殺してしまって、メアリーと混沌なる世界を生き延びていくか。もしくは世界を元に戻すまでフルを生かしておいてそのあと殺すか。選択は君の自由だ。どちらでも構わないよ。ただし、決断は一度きり。おそらくその二つのタイミングでしか予言の勇者を殺すことは出来ない」

「……それ以外のタイミングは考えないほうがいい、ということだな?」

こくり、と頷くハンター。

ハンターの言葉を聞いてルーシーは考える。ハンターから言われた二つのタイミングは、確かにフルを殺すうえではタイミングがいいかもしれない。

しかしながら、出来れば早いうちに殺してしまいたかったルーシーは、ベストなタイミングとしては神殿で殺してしまうほうがいいと思っていた。それならば、そのあとのケアでうまくメアリーとやっていけるだろう――そんな考えを張り巡らせていたからだ。

対して、世界を元に戻してから殺すとなると、そこではすでにメアリーとの恋愛感情が確立されかねない。そうしたら仮にフルをその段階で殺したところで、メアリーの意志は揺るがない可能性がある。ルーシーはそう考えていた。それは、十年間ずっとフルを追い求めていたメアリーの執念からも感じ取れることだった。

ならば、どうすればいいか。

答えは、とっくに出ていた。

「……ハンター、前者だ。殺してしまうなら早いほうがいい。神殿で向かい討つ。そして攻撃はハンター、君に頼む。それならば、何の問題も無い。まあ、世界を救うこともあるかもしれないが、オリジナルフォーズを封印したあとでフルを殺したとしても、きっとそれは手遅れだろうな。そうなったところで、仮にフルを殺しても無意味だ」

「……奇遇だねえ、ルーシー。私もそう思っていたよ。もしかしたら私たち、けっこう気が合うのかもしれないな?」

「よせよ、そんなつもりはない」

そう、あくまでこれは契約だ。ただの契約に過ぎない。ハンターがフルを殺してしまえば、そこで契約は終わり。あとはこちらから身を引けばいい話だった。

「それじゃ、報酬の話だけれどさ」

ハンターはふいにそんなことを言い出した。

「……報酬?」

ルーシーは首を傾げた。

表ではそんなことを思っていたが、裏では不味いと思っていた。さっきからずっとハンターは契約のことを気にしていた。契約ということは何らかの代価を支払わなければならない。それは当たり前のことだし、出来ればそれを踏み倒したい気分だった。けれど、ハンターの実力が未知数である以上、ギャンブルに打って出るわけにもいかない。だから、ハンターがその発言をしてくるまで様子を見るつもりだった。

ハンターは艶めかしい目つきをして、話を続ける。

「ルーシー。あなたがどう考えているか今の私には理解できないけれど、まさか、報酬を渡さない腹積もりでいるのならばそれは諦めたほうがいい。契約をした以上、利益を求めるのは当然のこと。フィフティ・フィフティじゃなくなってしまうからね。そう思うでしょう? あなただって」

「……そうだね」

ここでルーシーは諦めることにした。

何を諦めたというと、報酬を払わない――つまり踏み倒すことを諦めた、ということだ。

そんな状況でもなお、まだフルを殺したい気持ちがあるということだった。

「じゃあ、報酬だけれどさ。まあ、別に終わってからでいいよ。それに、そんな莫大な要求をするつもりもない。単純な話に過ぎないからね。それだけでいいのさ」

くるくると踊るように回って、ハンターは言った。

ハンターはルーシーが何を考えているのか、理解しているのかもしれない。いずれにせよそれを察されないようにするのが、今の彼の考えかもしれないが。

「……あなたの寿命を、ほんのちょっとだけ欲しいのよ」

「ほんの……ちょっと?」

「そう。ざっと十年くらい?」

十年。人間の寿命がだいたい八十年と言われているから、その八分の一と言ったところだろうか。さらに、今の彼はに十歳となっているから残りの寿命という数字で考えれば残り六分の一が失われることとなる。

いずれにせよ、その十年の価値を彼が正しく理解しているか。それがハンターの報酬の決め手になるだろう。

「……十年、か。まあ、それで僕の望みがかなうというのならば、安いものかもしれないな」

ルーシーは笑みを浮かべて、ハンターを見つめる。

ハンターはルーシーが報酬を与えてくれることを当然だと思っているのか、柔和な笑みを浮かべていた。それはルーシーと同じような表情にも見えるし、少しだけ悲壮感を漂わせているようにも見えた。

「それじゃ、交渉成立で構わないね。いや、良かったよ。もし君がここでダメとか言ってきたら、それはそれで問題になっていた。交渉は決裂、契約も取り消していたところだった。私にとって君と契約することは大変有難いことだったけれど……、やっぱり報酬がないことにはね、何も始まりやしない」

歌うようにハンターは言った。

そうしてハンターはルーシーに右手を差し出す。

「それじゃ、向かいましょうか。あなたの望む未来と、私の望む未来。その結末へ。あとはどうなるかあなたには解っているかもしれないけれど……、あなたは何もしなくていい。あとはすべて、私が成し遂げるだけなのだから」

そして、ゆっくりとハンターの姿は消えていった。

 

◇◇◇

 

飛行船はゆっくりと神殿に向かって動いていた。

飛行船自体は自動運転が可能となっているため、操縦室に誰も居ないとしても動かすことは可能だ。

ルーシーもハンターとの会話を終えてから客室を改造した彼の部屋へと戻り、ベッドに潜っていた。

眠気はあったにしても、眠ることは出来なかった。

それはハンターがほんとうにフルを殺してくれるか――それについて気になって仕方なかったからだ。とはいえ、いざ実際それを依頼した以上、ハンターも実行してくれるだろうと、そう信じるしか無かった。

「いずれにせよ……」

ルーシーは考えていた。神殿に到着するまで数時間はある。とはいってもハンターと会話を重ねたことにより、その時間も限られたものとなってしまっただろう。おそらく夜明けと同じタイミングで神殿の祠に到着するはず――ルーシーはそう試算していた。

だからこそ。

ルーシーはこれからを考えているうちに、寝ている暇はないのではないかと考えるようになった。

当然といえば当然の考えだろう。

ハンターが正確にフルを殺してくれるなんて、そんなことはあまり考えられない。

というよりもルーシーはずっと違和感を心の中に抱き続けていた。

それは、どうしてフルを殺すということをハンターは了承してくれたのか、ということについて。

ルーシーの記憶が正しければ、ハンターは利害が一致しているから協力するといった。しかし、であるならば、その利害とは何か? リュージュの手先であるという可能性は考えられないのか?

もちろん、ルーシーはそれも考えていた。だからこそ、ハンターにはそのことを質問していた。

ハンターは明確にそれを答えることはしなかった。正確に言えば、うまくごまかしたといえばいいだろう。

それが彼にとって疑問だった。本当に信じてよかっただろうか、ということだ。

しかしながら、今の彼にはもうそれしか縋るものがなかった。いわゆる、藁をも縋る思いでハンターを頼った――ということだ。彼女がタイミングよく登場したことも、その一因と言えるかもしれないが。

「……ほんとうにこのあと、どうなってしまうのだろうか」

それはルーシーだけではない、ほかの皆も考えている話だった。

結局のところ、この世界がこれからどうなってしまうかなんてことは誰も解っちゃいなかった。しいて言えば祈祷師の力を受け継いでいるメアリーとサリーが解ることなのかもしれないが、それでもまだ完全な『予言』をする力を持ち合わせてはいない。

祈祷師にも才能、得手不得手がある。とどのつまり、予言の確率が高い祈祷師も居れば、それほど高くないために国に仕えられない祈祷師が居ることも事実だ。そういう祈祷師は大抵別の才能が開花していることが多いため、自分の才能にマッチングした職に就くことがある。

サリーもその一人で先生の道を歩んだし、メアリーもどちらかといえば指揮官の才能に長けている点が多い。

つまり、その理論からいけばリュージュは予言の確率について類稀なる才能を持っている――ということになるのだ。

それでもメアリーは予言をいうことはある。ただし、彼女自身祈祷師としての自覚はなく、その予言も確定的なものではなく、どちらかといえば抽象的なものに限られてしまうのだが。

「……いずれにせよ、このままだと寝ずに神殿に到着することになりそうだ。少しは寝ておかないと……」

そう言って。

ルーシーは目を瞑った。

 

◇◇◇

 

それから数時間ほど経過して、神殿近くの湖に到着した。

おおよそここから一キロメートルといったあたりだろうか。甲板に立つと山並みに神殿が見える。そして、そこから少し離れた位置に森林があり、その中心地に――。

「祠がある、ということね」

メアリーとルーシーは船に乗り込んでいた。

それも飛行船のような巨大なものではない。三人ほどが乗ることのできる小さな帆船だった。

「これで湖岸まで行って……あとは歩き?」

「ああ、致し方ないだろうね。あいにく、今は朝だ。今なら『復りの刻』から戻ったばかりだ。だから、人々は赤い液体でこびりついている状態のまま。たまにメタモルフォーズは居るかもしれないが、まあ、それくらいなら何とかなるだろう」

「……ルーシー、それってほんとう?」

「何とかなるよ、きっと」

メアリーの不安を押し切るように、ルーシーは言った。

それを聞いたメアリーは少しだけ表情が朗らかになったように見えた。

そして彼女は大きく頷いた。

「……そうね、ありがとう。ルーシー。行きましょう、この世界を元に戻すために。そして、フルを助けるために」

「……そうだね」

ルーシーは笑顔でメアリーの考えに賛同した。

『可哀想だよね、メアリー・ホープキンは。目の前にいる人間は、自らの愛情のために、フルを殺そうとしているのだから』

彼の頭の中に声が響いたのは、ちょうどその時だった。

彼はそれを聞いていたが、表に出すことはなく、そのまま頭の中で考え事をするように、その言葉に返事をしていく。

(僕が何を考えていようと勝手だろ。確かに……メアリーに噓を吐くのは心地良いものじゃないことは十分に理解しているさ。けれど、これは僕のためでもあり、十年間彼を追い求めていた彼女を助けるためでもあるんだ。それは君だって十分に理解してくれているはずだ。そうだろう?)

『それはただのエゴでしょう?』

(エゴだっていい。僕は彼女のことが好きだ。けれど、彼女は十年間行方をくらまして、勝手に世界を危険に晒したあいつばかり好きになっている。少しくらい僕のことを見てくれたっていいじゃないか。それは、君だって言っていたはずだ)

『……まあ、そうかもしれないね』

「ルーシー。忘れ物はない?」

メアリーの言葉を聞いて、我に返るルーシーはゆっくりとその言葉に頷いた。

「ああ、メアリー。問題ないよ。このまま、いつでも出発できる。急がないと、彼らが先に祠に到着してしまうだろうからね。まあ、もっとも彼らは『花束』を持っていないからそれを見つけない限り神殿へ入ることはできないのだけれど」

「……そうね、そうだったわ」

メアリーの言葉を聞いて、ルーシーは操縦桿を握った。

飛行船の甲板からは、リーサがこちらに手を振っていた。

「二人とも、気を付けてね!」

その言葉に頷くルーシーとメアリー。

そうして二人は、湖岸へ向けてその船を動かしていくのだった。

 

◇◇◇

 

「フル・ヤタクミ。目を覚ませ」

バルト・イルファの声を聞いて、僕は目を覚ました。長い時間眠っていたような気もするが、恐らく僕の気のせいなのだろう。

「……寝惚けているようならば、顔を洗ってくるといいよ? 僕はロマみたいに直ぐ水なんて出せないからねえ。僕が出せるのは炎だから。それでも良ければ今すぐ浴びせてあげてもいいけれど?」

ご勘弁願いたい。それによって、僕の命が失われる可能性も充分に考えられるっていうのに。そんな簡単にある種命を投げ捨てるような発言をしないでもらいたい。

そういうわけでバルト・イルファの顔を睨みつけていたわけだけれど、どうやら彼にもその意図は汲み取ってもらえたのか、失笑した。

「……君は真面目だなあ。そんなことをするわけが無いだろう? 少なくとも、今の僕と君は味方同士だ。十年前ならば、そのまま容赦無く炎をぶつけていただろうがね」

冗談にしては怖いものをぶち込んで来やがったな、と思いながら僕は眼を擦ってベッドから起き上がった。ベッド、とは言っても折り畳み式の簡易ベッドだ。このホバークラフト、後部座席が馬車のような感じに幌がついていたからちょっと豪華だな、と思っていたが、その『豪華』の域が違っていた。

どういうことかと言えば、このホバークラフトの後部座席には座席と呼べるものが存在しなかった。その代わりに簡易ベッドとキッチン(水は事前にタンクに補給しておく必要がある)、冷蔵庫にトイレ(冷蔵庫の電気はホバークラフトのバッテリーから受電する。つまり、あまり使い過ぎるとホバークラフトの運転にも支障が生じる。トイレは排泄物用のタンクが無く、所謂垂れ流し状態となっている)までついている。ホバークラフト自体若干のローテクを感じていた(とはいえ、十年前に比べれば進歩したほうだ)が、これを見せつけられてしまうとこれはこれで「科学の力ってすげー!」って言ってしまう。いや、言ったところでバルト・イルファにはそのネタは通じないのだろうけれど。

簡易ベッドを仕舞い、キッチンの蛇口につけられたボタンを押す。すると一定量の水が蛇口から出てくる仕組みだ。限られた量しか水を使えないからこそ活きるシステムといえるだろう。適材適所とはこのことを言うのかもしれない。

そしてその限られた量の水で顔を洗い、僕は前部座席へと向かう。……今気付いたが、ホバークラフトはもう既にどこかに到着したのか、止まっているように見えた。

「……なあ、バルト・イルファ。もしかして、もう着いたのか?」

「最初はもう一回交代を考えていたんだけれどね。中途半端なところだったし、僕は別に眠気をあまり感じない。となると、やっぱり人間である君に寝てもらったほうが一番だとは思わないかい?」

「成る程、それは言い得て妙だ」

僕は頷く。確かに過去バルト・イルファは人型ではあるものの人間の欲が削れている部分があると語っていた。それを踏まえれば、睡眠欲が削られていても何ら不思議では無いだろう。ただ、睡眠自体は身体の休息を意味しているのだから、たとえ眠くなかったとしても睡眠を取ったほうがいいとは思うが……。やはりそこは人間と仕組みが違うのかもしれない。

ホバークラフトは僕の予想通り既に停止していた。辺りを見渡すと、そこには森が広がっていた。そして、ホバークラフトの目の前に石煉瓦で作られた古い祠のような建物があった。

「もしかして、これが……」

「そう。その通り。これが神殿への道を切り開くと言われている最後の砦、賢者ヤスヴァールの祠だ」

「ヤスヴァールの祠……」

僕はバルト・イルファが言った言葉、それをそのまま反芻した。

「賢者ヤスヴァールはガラムドの死後に初めてガラムドについて研究をした研究者の一面があるとも言われている。今まで誰も調べようとはしなかったんだよ。彼女の一族だった祈祷師が作り上げた原典を、疑いもせず有難がっていたんだ」

祈祷師は神の一族。確かにそれはラドーム学院での数少ない授業で習ったことがある。しかし、その話を聞いた限りでは、祈祷師の言うことについて誰も疑問を抱かなかった、ということになるけれど。

「……今君が考えていることについて、解答を示してあげようか。とどのつまり、祈祷師の言うことには誰も疑問を抱かなかったんだ。だって、祈祷師は神の一族だったから。自らを神の一族と言い、敬うよう命じたからだ」

「それに初めて疑問を抱いたのが……」

「賢者ヤスヴァールだ。彼は誤った原典の記述を全て調べ上げた上で書き直した。そうして彼の研究の成果として、『ガラムド暦書』は完成した。結果として、彼は歴史に名を残す研究者として有名になったのだけれどね。認められるまでは、原典派の人間に差別されたとも言われているよ」