第二十一話(2)

 

「……準備は出来たか、フル・ヤタクミ」

僕がバルト・イルファからその言葉を投げかけられたのは、ルチアとの話をした二日後のことだった。

バルト・イルファにそう言われたところで、準備等しているはずも無かったし、そもそも準備とは何をすればよかったのか、という話にもなってきていた。

神殿への道のりはそう遠くない。それはバルト・イルファだけではなく、オーダー全員に聞いてもそう言っていた。まるでどこかで口裏を合わせているかのように。まあ、実際合わせているのかもしれないけれど。

ただ、時間がかかってしまうのは確かとのことだった。やはり地形が変わってしまっていて、遠回りを要することもあるらしい。つまり、道のりが遠くない、というのは直線距離ではそう遠くないが――ということだった。

「……準備とは言うが、いったい何をすればいい」

「シルフェの剣さえ忘れなければいい。それ以外はこちらで準備した」

なら準備をしたか、と言う必要は無かったのではないか。そんなことを思いながら、ベッドから立ち上がる。

バルト・イルファが僕の身体を一回り見たところで、ゆっくりと頷いた。

「……健康も問題なさそうだな? どうやら、あの食事をしっかりと摂取しているようだ」

「あれを食事と言うのは、些か倫理観が崩れると思うけれどね」

ここで出てきた食事はどれもペースト状だった。まるで離乳食のようなそれは、色が単色――つまり一つしか存在しなかった。それが平皿に満たされている状態となっている。味は少し薄い肉と野菜の味だったかな。それも素材を生かしている、と言わんばかりの調味料が無い状態の。

「軽口を叩けるくらいなら、ある程度は問題ないな。それを知って少しは安心したよ。……別に君の健康を心配しているわけではなく、神殿まで無事に辿り着けるかどうか、その話になるからね」

「だったら、もう少し何かなかったのか。あれだと、無味乾燥に近い状態になるぞ。それに、どうやってあの神殿まで向かうというのか、教えてもらいたいのだが」

「……それって、前に伝えなかったかな? 確か、ホバークラフトで向かうんだって」

「ホバークラフト。……ああ、そういえばそんなことを言っていた気がしたね。でも、それに全員は流石に乗り込めないだろう?」

僕の発言を聞いたバルト・イルファは首を傾げて、

「ホバークラフト……というよりも、ここから誰もいなくなってしまうことは無い。なぜなら、この空間自体が崩壊してしまう。今も彼女が、この空間を守るために行動している。鎮座している、と言ってもいいかな」

「……つまり、ここには誰かが残る、と。それじゃ、神殿に向かうのは誰だ?」

僕の問いにバルト・イルファは頭を掻きつつ、

「それはつまり……、僕と君だけだよ。ほんとうはルチアも行きたがっていたが、ルチアがいなくなってしまうと誰もサリー・クリプトンを守ることが出来なくなってしまう。だから、ルチアは彼女の保護のため、だ」

「成る程。それならば、致し方ないのか。……それで? もう、ホバークラフトは準備しているのか」

バルト・イルファは頷く。

それを聞いて僕は納得して、彼についていくことにした。

 

◇◇◇

 

エノシアスタビルの屋上には倉庫があった。

そしてその倉庫には、一台のホバークラフトが置かれている。

そもそも、ホバークラフト自体地上・水上を区別なく乗ることができる乗り物だったはずだ。確か空気で浮上させる仕組みを使っていたはずだが……。でも、そうだとしても、こんな高い場所から飛び降りたらあっという間に落下して粉々に砕けてしまうのがオチじゃないだろうか。さすがに自殺する気はないぞ。しかも、お前と一緒に心中とか死んでも嫌だね。

「……何を考えているか知らないけれど、僕だって一応考えているのだよ。別に、これに乗ったことで死ぬことはないし落ちることもない。それだけは安心してくれて構わないよ」

「いやいや、そういうことじゃない。……問題は、これくらい高い場所からホバークラフトで飛び出したらそのまま地上に落下する、という話だ」

「ああ、何だ。そんなことか、それなら問題ない。さっさと乗り込むといい。あとの問題は出発してから考えればいいだけの話しだ」

ほんとうに大丈夫なのだろうか。

そんなことを考えていたが、バルト・イルファがひっきりなしにそう言うのであれば一度信じてみるしかないのかも知れない。別に、ガラムドの書の魔法が使えなくなっているわけではないから、最悪バルト・イルファを放ってどこかに逃げてしまうのも手だが……。

「まあ、とにかく乗ってみたまえ。話はそれからだ。ただ、僕はこの後の操作の関係上、後部座席に乗ることになるから、運転は君が行ってくれ。なに、運転は簡単だよ。足元にあるブレーキとアクセルを押せばいいだけ。あとはハンドルか。それだけで十分だ」

成る程。車の運転と同じ扱いか。それなら……って思ったけれど、まだ免許をもっていないからゲームでしか運転方法を理解していないぞ。

まあ、やるしかないか。

そう思って、僕はハンドルを握った。

 

 

アクセルを踏み込んで、ホバークラフトを運転する。

ホバークラフトはゆっくりとビルの屋上から動き始め、そうして空へと飛び立つ。

「……おい、これ、ほんとうにいいのか!?」

「大丈夫だ、問題ない!! そのまま、空へ駆けろ!!」

バルト・イルファのいう通り、そのままハンドルを切ることはしなかった。

そしてそのまま、ホバークラフトは屋上から空へ駆け出して行った。

当然ながら、ホバークラフトはゆるやかなペースではあるが、地上へと落下していく。

「あとは、うまい具合に何とかしろ! このホバークラフト、飛行性能は無いが、凝縮した高圧空気を噴出することによって、高台から駆け出せば空を飛ぶことはできる!」

「だったら、それを早く言え!」

バルト・イルファは何というか抜けているところがある気がする。それを思い知らされることとなった。……いずれにせよ、僕はバルト・イルファについて未だあまり知らないことが多い。

いずれ彼のことについて真実を知る時が来るのだろうか――僕はそう思った。

赤い大地を見つめながら、新しい世界へと旅立つ。

 

◇◇◇

 

そのころ、メアリーたちもフルたちの姿を観測していた。

ルーシーは何か機械端末のようなものを操作していた。画面には、点滅する光点が画面上を移動しているように見える。

「……メアリー、どうやらフルたちも神殿に向かって動き出したらしいよ」

隣に立っているメアリーは頷いて、画面を見つめる。

「そうね、確かに、これなら何とかなりそう。……それにしても、フルは神殿に行くための術を知っているのかしら? 花束が無いと神殿に向かうことが出来ない、ということも」

「それくらい知っていると思うよ。だって、神殿に向かうということは、それもバルト・イルファの入れ知恵だろう。そうだとすれば簡単なことだ。あとはバルト・イルファたち『オーダー』を退治する。そうすれば、すべて終わりだ」

ルーシーの言葉を聞いて、頷くメアリー。

しかしその端末を見つめるルーシーの真意が、未だにメアリーには見えてこない。

ともあれこのままでは何も進まないことだってメアリーには解っていた。ルーシーが何か考えていることも、そうして、それはメアリーにとって知らないことであるということも、メアリーは理解していた。けれどメアリーは敢えてそれを追求しなかった。

いずれそれにより何らかの軋轢を生むのではないかと、メアリーは考えていた。しかしながらメアリーはそれについて深く考えなかった。考えていたことについては確かだったが、ルーシーとメアリーは十年以上の仲であったことを考慮しても、深く不審に思うことはしなかったのだった。

「……そもそもの話になるけれど」

メアリーは問いかける。

端末をずっと眺めていたルーシーはそこで視点をメアリーに移す。

「花束……と言っていたこれ、実際にはどうやって使えばいいのかしら?」

「これ、かい?」

メアリーが手に持っていた『花束』。それは今までのメアリーとルーシーが見たことのないものであったが、杖のようなものであることから、恐らく魔術系が封印されているものではないか――メアリーはそう推測していた。

しかしながら、それ以上の情報は判明すらしなかった。とはいえ、その花束を使うことで神殿への道を開くことができるということも事実。寧ろ今まで神殿への封印が解かれることが無かったのも驚きだった。

では、どうすれば良いか。

メアリーの中では、一番考えていたこと。花束を使うことは解るが、ではどのようにそれを使えばいいのか、ということ。実際問題、それはルーシーですら解らなかった。とはいうものの、この花束とやらを持ってきたのはルーシーであったから、ルーシーが知っているものかと思っていたからだ。

最近のルーシーには違和感を抱いていた。行動にどこか裏があるように見えてしまう。

でもメアリーは、それを敢えて疑おうとは思わなかった。違和感こそ抱いていたとはいえ、それを確定とまではしなかった。やはりそれはメアリーとルーシーの十年以上の友情、或いは信頼というものからきているのかもしれない。

メアリーは空を眺める。

「……神殿はどの方向?」

「ちょうどこの進行方向で問題ないよ。もっとも、今から僕たちが向かっているのは神殿ではなく、花束を使う祠だけれどね」

祠。

そういえばルーシーはそんなことを言っていた。花束を使うのは、神殿の近くにある祠であり、そこで使うことで神殿に張られている結界を解き放つことが出来るとのことだった。

しかし、実際のところ。

メアリーにそこまで考えられる余裕なんて無かった。

実際の彼女であれば、そこまでたどりつく前に一つでも違和感を抱いていてもおかしくなかっただろうが、今の彼女はフルがオーダーに奪われてしまったことから、焦りを抱いていた。だからルーシーが何か違うことを考えているという可能性は抱いていたにしても、それを追求することはしなかった。

それがどのような影響を及ぼすことになるかは、今の彼女には知る由もなかった。

「……その祠までどのくらいかかる?」

「ざっと見積もって数時間だろうね。でも、さすがに祠の真上まではこれで行かないほうがいいと思うよ。理由はそれくらい解ると思うけれど、このままの姿で見つかってしまうのは非常に面倒なことになる。出来れば、生身の状態で敵と対峙しておきたい。解るだろう?」

「……そうね。確かにその通りだわ」

ルーシーの言葉にメアリーは頷くと、一つ大きく欠伸をした。

「ちょっと眠ってきたらどうだい?」

それにいち早く反応したのはルーシーだった。もっとも今の空間にはメアリーとルーシーしか居ないから、ルーシーしか反応することは出来ないわけだが。

それを聞いてメアリーはゆっくりと頷く。

「申し訳ないけれど、そうさせてもらおうかしら。……ちなみに、祠の真上までこれで行かないというのならばどうやって祠まで行くつもり?」

「忘れてしまったのかい? ここにはかつて偵察用の小型船があったじゃないか。人数は限られてしまうけれど、それでいけば相手にすぐに見つかる心配も無い。だからそちらのほうが安心だと思うけれど?」

それを聞いてメアリーは安心していた。てっきり何も考えていないのでは、と思っていたからだ。しかしながら、ルーシーのその発言を聞いてそれは杞憂であると悟った。

いずれにせよ、進路は見えてきた。

このままならば、少なくともフルをまた説得することが出来る。この世界において、彼がどれほど重要な人間であるか。そのために、どれくらい危険なことを今から成し遂げようとしているのか。メアリーはそれを改めてフルに伝えなくてはならなかった。

でも、その具体的な説明をしないまま、メアリーはフルを閉じ込めた。

だから、フルも愛想を尽かしてしまったのかもしれない。かつての仲間に裏切られた、そう思っているのかもしれない。

今度こそ、フルを取り戻さないといけない。

メアリーはそう硬い意志を持っていた。だからこそ、フルに一度でも会わなくてはならない。会うためには手段を選ばない。それは、この世界に平和を取り戻すために、同じように手段を選ばないオーダーと同じだった。

そうしてメアリーは踵を返すと、

「それじゃ、私は一旦眠ることにするよ。……ルーシー、あなたも眠ったらどう? 別に、ここの監視くらいほかの人に任せればいいじゃない」

「それもそうだけれど、僕はもう少し風にあたっておくよ」

「そう。……身体に気を付けてね」

そのまま彼女は甲板を後にした。

メアリーが甲板を出ていったタイミングで、ルーシーは呟く。

「……誰も居なくなったぞ」

そう言うと、彼の影から何かが現出した。

それはハンターだった。彼と契約したハンターは表の世界に出ることは可能だとしても、それが見つかってしまうことですべてが無駄になってしまう。そう考えたハンターは、誰かが居る間はルーシーの影に隠れることを提案したのだ。

ルーシーとしてもハンターとの関係を取りざたされるのはあまりよろしいことではない。そう思っていたから、ハンターの意見に同意した。

ハンターは肩を数回鳴らして、

「それにしても、私が提案したことだから仕方ないことであるとはいえ、人間の影に隠れるというのは億劫でどうも大変だな。出来れば二度としたくないが……、まあ、そうも言えないのが現状だ。ところで、何をしたい? 何のために私を呼んだ。それを話してもらおうか」

「何を話す、か……。人が居なくなったら呼べ、そう言ったのはお前だろ。だから呼んだだけの話だ。話をするなら……、そうだな。今後の内容を話し合うくらいか」

それを聞いたハンターは舌なめずり一つ。

「ほう?」

「今後の提案だよ。ハンター。これから、フルを止めるために神殿へ向かう。そうして、僕はどうすればいい?」

「予言の勇者が妬ましいだろう?」

一言、そう言い切った。

ハンターの言葉に、ルーシーはゆっくりと頷く。

もし彼が普段の思考能力があるとするならば、きっとその言葉に頷くことは無かったはずだ。

しかし、今はその時代から十年が経過している。フルもその間ずっと封印されていた。ルーシーはずっと出会ってからメアリーのことが好きだった。でも告白することはしなかった。理由は簡単だ。メアリーがずっとフルのことを好きだったから。そうして、そのタイミングで告白したとしても、断られるのが目に見えているから。

それが解っているからこそ、ずっとルーシーはフルを追い求めるメアリーをただ助けるだけに過ぎなかった。

そして、ハンターはルーシーのその心の隙間を突いた。

「……予言の勇者さえ居なければ、自分はすべて手に入れることが出来た。いいや、それどころの問題じゃない。この世界をここまでしてしまったのは、予言の勇者がオリジナルフォーズの封印を解く魔法を使ってしまったから。そうじゃないか?」

「……確かに、確かにそうだ。フルがその魔法を使わなければ……」

この世界がここまで破滅することは無かった。

つまり……フルは敵?

「そうさ。そうだよ。フル・ヤタクミ、予言の勇者が自分勝手な行動をとったせいで、この世界はここまで破滅してしまった。今、彼はそれを戻そうと行動をしているらしいな。それは、つまりけじめをつけるということだろう。でも、それをつけさせていいのか? 元に戻す、ということでけじめをつけさせて構わないのか? そうすると、彼を裁くものは誰も居なくなる。だって世界は今度こそ平和になってしまうのだから」

「そうか。ということは……」

「予言の勇者を裁くのは、今しかないんだよ。ルーシー」

耳元に周り、ぽつりと囁くハンター。

予言の勇者を裁く。

それは文字通り、予言の勇者を殺すことと同義だった。そうして、この状態でそれが出来る人間は――。

「ルーシー、それを成し遂げることが出来るのは君しかいない。君が持っている、シルフェの弓。それは、破魔の弓とも言われている。名前の通り、魔力を破ることの出来る弓だよ。もちろん、それと対になる矢が必要になるがね。……いずれにせよ、それを使うことで簡単に予言の勇者を殺すことは出来るだろう」

「でも……さすがにメアリーの前で殺してしまったら、どうなるか」

「そこは上手くやるんだよ。バルト・イルファという魔術師がともについているのだろう? 事故に見せかけるのさ。そうすれば、何もかも万事解決だ。矢を放つ。バルト・イルファはきっと障壁魔法を使うことだろう。しかし、この矢は特別な矢だ。そんなことは無駄だ。そうして、バルト・イルファに狙ったはずが、フルに当たる。……簡単なことだ。その一発で、すべてが終わる」

「でも……」

やはり、ルーシーが危惧しているのはメアリーに見つかってしまう可能性だった。

メアリーに見向いてほしい。それがルーシーの願いだった。そうしてそのための手段として予言の勇者を殺してしまうとして、それがルーシーの行ったことであるということが目の前ではっきりしてしまうのはよろしくない。

それをルーシーは考えていた。予言の勇者を殺しておきたいが、それがメアリーに見つからずに秘密裡に殺してしまいたい、ということ。はっきり言って我儘な考えかもしれない。

だが、それでもハンターは話を止めることは無かった。

「予言の勇者を殺すことと、彼女に嫌われること。それなら、まあ、後者を外したい気持ちも解る。そして、そのために私は居るのだから。それを理解していないようだな?」

ハンターの言葉にルーシーは頷くことしかできなかった。

ハンターはルーシーがそういう反応をするだろうと事前に予測しておいて、そしてルーシーはそのまま想定通りの行動をとった。それはハンターにとっては想定内であり、ことを進めるにはちょうどよかった。

だから、ハンターはシナリオに沿って話を続けていく。

「ルーシー。そのために私と契約したのだろう? 予言の勇者に心を奪われている女性が妬ましい。けれど、その予言の勇者を殺すにも、どこかに消し去るにもそう簡単な話ではない、ということだ」

「そうだ……。そうだけれど、それをどうにかできるというのか、ハンター。君にはそれを成し遂げることが出来るというのか」

ルーシーの言葉を聞いてハンターは微笑む。

「当然だ。私を誰だと思っている。……まあ、それについてはいずれ話す機会がやってくるというもの。先ずは、それについて話す必要があるだろう。その問題をどう解消すればいいか。そして、それは私なら実行することが出来る。要は、アリバイをどうにかすればいいだけの話だよ」

「アリバイ……。そういうことか、僕が居る状態ではフルを殺すなんてことは出来ない。つまり、僕とメアリーが一緒に居る状態で君がやる、と」

「そういうことだ」

ハンターの言葉を聞いて、少しだけ胸が高鳴るルーシー。

彼が考えていたのは、未来。フルが居なくなった後の、メアリーとルーシーの未来。その思い描いている未来は彼にとってのハッピーエンド。それでいて、フルにとってのバッドエンド。考えるたびに少しだけフルにとって申し訳ない思いがこみ上げてくるが、そんなことは今の彼にとってどうでもよかった。実際問題、フルは別世界からやってきた人間だ。さっさと元の世界へ戻る方法を見つけて帰ってしまえばいい。そう思っていた。