第二十一話(1)

 

暗闇にも似たような石畳の通路を、僕とサリー先生は歩いていた。サリー先生が先頭になり、僕がそれについていく形になっている。明かりはサリー先生が炎を錬金術で生み出していて、それでカンテラに火をともしている形になる。

サリー先生と僕は一言も会話をすることはなかった。僕から何か質問すれば良かったのかもしれないが、空間の空気――とでも言えばいいのだろうか。そういったものが僕とサリー先生の間に微妙な空気を生み出していた。

「……ここよ」

サリー先生が立ち止まると、そこにあったのは鉄扉だった。

鉄扉には窓のようなものがはめ込まれていたが、すりガラスのようになっていてそこから中を覗くことは出来ない。

「はいりなさい」

扉を開けて、サリー先生が先に俺に入るように促す。いったいそれにはどういう意味があるのか理解出来なかったが、今はそれに従うしかないのだろう。そう思った僕はゆっくりと頷いて、その中に入ることとした。

 

◇◇◇

 

中は意外と質素な作りだった。

本棚が壁と一体化しているのだが、そこに入っている本は疎ら。それに明かりが点いていない。恐らく油が貴重品となっているから、そう簡単に使うことが出来ないのだろう。それを考えると致し方ないことなのだが。

ソファが二つ並んでおかれている、その場所にサリー先生は腰かける。

きっとここで話をするということなのだろう。そう思って僕も腰かけた。

「……あなたはこの世界についてどこまで理解しているつもり?」

「この世界に……ついて?」

「そう。この世界とは何であるか。ガラムドが神となり、この世界を作り上げた。しかしながらこの世界はかつて古い文明があったといわれている。その文明はどうして滅んで、どうして今の世界が成り立っているのか。その文献は残されていない、と言われている」

「世界の歴史がリセットされている、それも、故意に。ということですか?」

僕の言葉にサリー先生は頷く。

「ええ、ええ。その通りですよ、ヤタクミ。あなたがどこまでこの世界の真実を知っているかは解りません。ですが、これだけははっきりと言えるでしょう」

サリー先生は僕に向き直って、はっきりと言った。

「ヤタクミ。……あなたは最終的にある決断を迫られる時が来ることでしょう。その時には、あなたは、運命に縛られてはいけません。あなたはあなたの思う道を進まねばならないでしょう」

「……サリー先生、どうしてそれを知っているのですか?」

「私だって、祈祷師の血を継いでいる存在です。とはいえ、生業にしている祈祷師程ではありませんが。少しではありますが、予言だってできます。もちろん、今では貴重な存在となってしまいましたがね、祈祷師という存在自体が」

「というと?」

「あの破壊により、祈祷師や祓術師など、神の一族はほとんど消失してしまったのですよ。残されているのはあと僅かであるといわれています。たとえこの世界が再興していこうとも……、国のリーダーたる存在が居なければ話になりませんからね」

国のリーダーが不足している。

そもそも人が足りない事態になっているということなのだろう。

果たしてそれは、オリジナルフォーズを封印することで何とかなるのだろうか?

「サリー先生……、僕はどうすればいいのですか? オリジナルフォーズを封印することで、この世界は本当に復活するのですか」

「いいえ、それは無いでしょう」

無慈悲にも、サリー先生は首を横に振って答える。

さらに話を続ける。

「この世界の脅威となっているもの……、それがメタモルフォーズであり、オリジナルフォーズであり、復りの刻なのです。そのどれもが、オリジナルフォーズに帰結している。オリジナルフォーズは、今は眠りについています。しかしながら、その最中であっても力は満たされ続けているのです。この意味が解りますか?」

「オリジナルフォーズを何とかしないと、何も始まらない……ということですか」

「ええ。この世界も、私たちも、何もかも。あのオリジナルフォーズを倒すか封印をしないといけない。我々はずっとこの十年間、それに縛られ続けたのですから」

 

◇◇◇

 

サリー先生と僕の会話は、それから十分程続いたが、大した内容は聞き出せなかった。結局のところ、オリジナルフォーズを何とかしないといけないということが再確認できただけに過ぎない。

僕の部屋に戻ってくると、まだバルト・イルファはベッドに腰かけていた。

「……いい情報は手に入ったかい?」

「別に。大した情報は手に入らなかったよ。……というか、バルト・イルファ。君はどちらの味方だよ。リュージュか? それともサリー先生か?」

「それは前も言ったはずだ。今はリュージュに捨てられた存在。そして、僕はサリーに拾われた。だから今はその恩を感じている、ということだよ」

「恩、か……。それにしても、どうすればいいかな」

僕はバルト・イルファから少し離れた位置に腰かける。

バルト・イルファと長く話をする必要がある、そう思ったからだ。

バルト・イルファの話は続く。

「それは、君がどうすればいいかと考えればいいのではないかな?」

それを聞いて僕はバルト・イルファのほうを向いた。

「君が得た情報がどれほどのものか解らない。それこそ、僕が知らない情報もあるだろうね。けれど、君の人生は君が変える。君に主導権があるのだってこと。つまり、君が得た情報で君が人生の主導権を握っていて、それを動かせばいいというだけ。別に何もしたくなければずっとここにいればいい。けれど、今よりも自由は奪われることになるだろうね」

「……どう選択するか、それは僕の勝手だろ」

寝転がり、僕は考える。

確かにバルト・イルファのいう通り、何もしなくていいという選択もある。しかしながら、それによって生まれるのは拘束と強制。その先に僕の自由はほぼ無いだろう。

「選択は勝手だ。それこそ、それに伴う責任もね。けれど、それを勝手と思い込まないことだ。君の世界を守ることが出来るのが君だけ、ということ。それを理解してもらいたいものだね」

「……出て行ってくれないか。少し、一人で考えたい」

「……了解した」

そうして、バルト・イルファは部屋から出て行った。

再び僕の部屋はまた僕一人きりになった。

 

 

一人きりになった僕は、孤独になってしまった僕は、考えることにした。

正確に言えば、今までに得た僅かな情報を整理することにした。情報はあまりにも少な過ぎて、この情報だけでどうにか出来るとは思っていないけれど、情報を意味もなくインプットし続けるのは意味がない。ここで情報を整理しておく必要があるだろう。そうすればきっと、見えてくるものもあるはずだ。

先ず、この世界について。今、この世界は僕が知っている世界そのものとは大きく変わってしまっている。それは単純に十年という時間経過だけでは補い切れないものがある。

「……いったい、どうなってしまっているんだろうか」

次に、考えの変化。

ルーシーは前とあまり変わらないように見える。問題はメアリーだ。何だか以前よりも過保護に見えるような気がする。彼女を十年の間に、そこまで変えてしまう出来事があったのかと。

しかしながら、彼女の考えを変えることはそう簡単なことじゃない。もっと根本的な原因があるはずで、それを変えないと何も出来ないだろう。

けれど、僕が原因でオリジナルフォーズが復活してしまったこと、これも事実だ。

これを受け入れるには時間が足りないけれど、そんな甘言を言っている場合ではない。それくらい僕だって理解している。

けれど、そうだったとしても。

受け入れがたいことがあることも、当然解ってもらいたいのが性分だ。

とはいえ、僕はどう動けばいいのか――考えただけじゃ何も生まれなかった。

サリー先生にバルト・イルファは僕の意志を尊重してくれた。してくれたとはいえ、僕の考えが百パーセント通るとは限らない、そういうニュアンスの回答だった。

ならば、どうすればいいか。

答えは明確に見えていた。

「……それが、僕の罪滅ぼしになるなら」

そうして、僕は一つの結論を見出した。

それが、とても時間のかかることになろうとも、僕はそれを成し遂げなければならない。

そう思いながら。

 

◇◇◇

 

次の日。

僕はサリー先生に、自ら進言した。

それは、改めて、自らの意志でオリジナルフォーズを封印すると決めたこと。

もともとサリー先生から言われていたことであるとはいえ、僕自身の口から実施するとは言っていなかった。だから、今回それを改めて自分の口から言った形になる。

それを聞いたサリー先生はただ頷いてくれるだけだった。

それだけでいい。それだけでいいんだ。

僕の犠牲で、世界が幸せになるならば。

僕は、それだけで良かった。

 

◇◇◇

 

「それじゃ、神殿までの道のりを説明しよう」

午後。バルト・イルファとルチア、それに僕は会議室のような広い空間に集まっていた。

理由は、バルト・イルファが進んで提言した、神殿までの道のりの説明会だ。それを知らないとどう進めばいいか解らなかったから、それについては大変有り難かった。

「先ず、神殿へ向かうには長い道のりになるだろう。十年間で地形が大きく変わってしまった関係上、そこまで向かうにはかなりの時間を要する。それに結界が張られてしまっているから、そこまでの道のりは一筋縄ではいかない」

結界に地形変化。確かに簡単にはいけなさそうだ。

けれど、結界はいったい誰が張ったものなのか? まさかその神殿にだれか住んでいるのだろうか。できればあまり考えたくないけれど、食べ物とかどうしているのだろう。

「……だが、結界の周囲まではホバークラフトを使うことが出来る。それで向かえば、そう時間はかからないだろう。問題は、結界を解除する方法」

「解除する……方法?」

「『花束』を手に入れる必要がある」

花束。

また聞いたことない単語が出てきた。それにしても、十年後の世界を殆ど知らない僕にそれを探索せよ、と言いたいのか?

「花束が何であるのか、残念ながら判明していない。だからそれを探すところから始まると思う」

それってどういうことだよ。

バルト・イルファやルチアが知らないものを、僕が探し出せ、と?

そんなこと、無理に決まっている。

無茶だ。無理難題過ぎる。

「……まあ、無理だと思う気持ちはあるが、私たちも付いていく。だから、戦闘に関しては問題ないだろう。……貴様はやりたくないとは思っているかもしれないが、メアリー一派と一戦交える可能性も充分に考えられる。それだけは避けたいところではあるが……、まあ、そうもいかないだろう。だから、戦う準備、その心持ちは持っていたほうがいい」

ルチアの言葉を聞いて、僕は頷く。

確かにそれは仕方がないことかもしれない。

だが、問題はやはりある。それは僕の中でいまだにメアリーたちが悪いことをしているとは思っていない、ということだ。メアリーたちもメアリーたちでこの世界をどうにかしよう、ということは解る。だからこそ、彼女たちを敵とするのはどうなのか、と僕は思っていた。

「……メアリー一派を敵と思いたくない気持ちは解る。かつて貴様はメアリー一派を味方として旅をしていたのだからな。けれど、それは仕方ないと割り切ってほしい。メアリー一派も確かにこの世界を救おうという気持ちをもって行動している。そして、我々も、だ。だが、だからこそ、対立してしまうのは致し方ないこと。彼女たちが『花束』について気づいていなければいいのだが」

 

◇◇◇

 

そのころ、メアリーはルーシーから聞いていた作戦、その内容について思い返していた。

ルーシーが考えた作戦は、非常に単純だった。

きっと、オーダー――サリー・クリプトンが率いる組織は、フル・ヤタクミを連れて力の開放に向かうはずだろう。

その力の開放を行うには、神殿へ向かう必要があり、その神殿の封印を解く必要がある。

そして、神殿の封印を解くためには――。

「この『花束』が必要、だと……」

メアリーの目の前には、一本の杖があった。

その杖の先端は、まるで花のように開いていて、どこか無機質な不気味さもあった。

ルーシーがどこからかもってきたその杖の名前は、花束と呼ばれるものだった。

特殊能力も、攻撃力も無い。ならばどうして花束は杖として存在しているのかが解らない。

しかしながら、その花束を使うことで神殿への道が開かれるのだという。

「……このよく解らない杖にそのような力があるようには思えないけれどね」

杖を持ち、くるくると回しながら呟くメアリー。

メアリーにはこの花束の意味が理解できなかった。

では、これをメアリーに渡してきたルーシーならその意味を理解しているのだろうか?

「質問をしたところで答えてくれるとは思えないけれどね……」

メアリーは目を細め、窓から外を眺める。外には赤い世界が広がっていた。

赤い世界を、元に戻すために、オリジナルフォーズを封印する。

オーダーとメアリーたちの組織は、その目的に関しては共通しているといえるだろう。

しかし、問題はその方法。

メアリーたちはできる限り穏便に済ませてしまいたかった。しかし、オーダーは力づくでもオリジナルフォーズを封印してしまいたかった。

そう、例え――予言の勇者が死んでしまったとしても。

「そして、彼らはそういう計画を立てようとしている……。それだけは避けないといけない。この世界に死んでいい人間なんているはずがない。それに、予言ではそこまで記されていない。つまり、今の時代は私たち人間だけが考える世界。そんなことは絶対にあってはならない」

メアリー・ホープキンの望む世界はハッピーエンド。

決して、誰一人も死ぬことのない、理想的なハッピーエンド。

不可能と言われても。お伽噺と言われても。

そんなことは、とうに理解していた。それくらい指摘される前から解っていた。

ルーシーにも話していない、メアリーだけの考える計画。そのハッピーエンドには最初からたった一つしか残されていない、フルとメアリーとルーシーが笑いあう世界。

「そんな世界は……、いいえ、そんな世界にしないといけない。みんなが笑って暮らせる世界。そのためにも、」

オリジナルフォーズを封印する。

それも、誰一人犠牲にならない方法で。

そのためにもメアリーは行動しなければならなかった。既にフルにも情報は知れ渡っているかもしれない。そう思っていたからだ。

花束を使った、神殿の解放。

それを成しえることが出来るのは、花束を持っているメアリーだけだ。

「となれば、」

答えは一つ。

とっくに出てしまっている、だれでも考えられる選択肢。

花束を手にして、フルたちよりも先に神殿へと向かう。

「フルの目を覚ます。今度こそ、いいえ、今回だって。フルはきっと操られているだけなのよ。だから、きっと、直ぐもとに戻るはず……」

歪んだ道筋は直ぐには戻らない。

それはきっと、お互いがその間違いに気づいたとしても。