第九話

 

次の日の朝。

目を覚ました僕たちは町へ向かうこととなった。理由は特にないけれど、しいて言うならばレイナが町へ向かいたいと言い出したことが原因だった。

「……どうして町へ向かおうとしたんだい?」

「だって、もうあんたたちはこの町を出ていくだろう?」

振り返り、レイナは言った。

「だったらこの町でやり残したことをすべて終わらせてしまったほうがいいんじゃないかしら? それとも、まだ戻れる可能性を残しておいたほうがいいとでも?」

可能性。

やり残したこと。

まるでもうここには戻りたくない――レイナはそんなことを言っているようだった。

きっと気のせいなのかもしれないけれど……まあ、あまり考えないでおいた。

それはそれとして。

僕たちは町を歩いていた。今居るのは商業店が多く立ち並ぶエリア。ここに居る理由は、彼女がずっと生業としていた盗賊稼業で『世話になった』人たちに挨拶に回るためだという。

「というか、世話になった、って……単純に今までモノを盗んだ人たち、じゃないの?」

「君たちはそういう風に解釈してしまうのかもしれないけれど、私は少なくともそのように解釈していないよ。実際、私はずっとこの町と生きてきた。この町の人たちと、常に切磋琢磨しながら活動してきたんだから」

「それが犯罪行為だったとしても、そう胸を張って言えることかね?」

その声は、ゴードンさんの声だった。

ゴードンさんは路地から姿を見せて、僕たちの前に立っていた。

「……何か用かしら?」

「別に君を捕まえるつもりなど無いよ。……ただ、君が居なくなると少し寂しくなるな、というだけだ」

「もっと私に暴れてほしい、ってことか?」

「そういうことではない。君はずっと私たち兵士たちを悩ませていた。しかし、この平和な世界では君のような盗賊に手を拱いている状況こそが、平和の象徴そのものだったのかもしれないな……。ただ、それを言いたかっただけだ」

「褒められているのか貶されているのか解らないが……、まあ、受け取っておくよ。もう二度とあんたと追いかけっこすることも無くなるだろうし」

「それが『足を洗った』という意味での話であれば、こちらも両手をたたいて歓迎したかったところだが……。やっぱり盗賊稼業は続けるつもりかい?」

「どうだろうねえ。やっぱりこういうメンバーに入った以上は出来ないかもしれないよ。ほら、だって、迷惑をかけることになるだろう? 迷惑をかけてしまったら、私が求めるものも手に入らなくなる。まさに、ギブアンドテイクというやつだ」

「……よく解らんが、お前らしいといえば、らしいものだ」

鼻で笑うゴードンさん。

それを見たレイナはどこか恥ずかしそうな表情を浮かべて、すたすたと歩いていった。

「結局変わらないか……。まあ、仕方ないといえば仕方ないかもしれないが。いずれにせよ、この町が若干静かになることは間違いないだろうよ」

ゴードンさんの言葉を聞いて、首を傾げるメアリー。

「それじゃ……あんまりこの町って犯罪とか起きないんですか?」

「起きないよ。この町の平和ぶりを見てみれば解る話だろう? この町はいつも平和だ。だが、平和はいつまでも続くものではない。むしろ平和以外の時間に比べれば限りなくゼロに近いくらい短いものだ。そんな中、この町で唯一の犯罪者と言えば……レイナだった」

「レイナが……唯一?」

確かにこの町はのほほんとした雰囲気を醸し出していて、どちらかといえば平和一色としか言いようがないくらいの雰囲気に包まれているのだけれど、まさかそこまで平和だとは思わなかった。

ゴードンさんの話はなおも続く。

「だからこそ、誰も彼女を捕まえようとはしなかった。なんでだと思う?」

「……エンターテイメントを、市民が求めていたから?」

即座に答えたのは、やはりメアリーだった。

「その通り。エンターテイメントがこの町には不足していた。だからといって、盗賊にエンターテイメントを求めるのは如何なものかと思うが……。しかし、市民は我々と彼女の大捕り物、正確に言えば捕まえていないから捕り物にはならないのだが……、それを楽しんでいた。現にこの町がひどい有様だったなら、もっと我々は本気で活動している」

平和だからこそ出来る、やり取り。

僕はそう思った。だってこの世界が少しでも平和じゃなかったら出来ないことだと思ったから。

「……彼女についての昔話はこれで終わりだ。お前たちについていく、と言ったときは正直驚いたが、彼女には彼女なりの引き際を考えていたのだろう。だとすれば、それを我々が止めるのは野暮というもの。せめて最後まで見送ってやりたいものだよ」

「ですが、僕たちはここに来た理由は……」

「それは、もう君たちも知っていることではないのかな? 確かに君たちはこの城へやってきた。そしてその理由はラドーム学院では安全が保たれないと思ったためだ。しかし、リーガル城まで敵の侵攻を許してしまった現状、我々でも君たちを守ることは出来ないと判断した。それと同時に――『平和』は終わったのだと、王は判断されたそうだ」

「それってつまり……」

僕の言葉に、ゴードンさんは目を細めて頷いた。

「申し訳ない。君たちをここで守ることは、出来ない。これからは君たち自身の力で、何とか頑張っていただきたい。これを言うのは、ほんとうに申し訳ないことではあるのだが……。これも王の命令なのだ。我々はこの城を守るために仕えている。この城を守るために、もっと我々も頑張らなくてはならない」

ゴードンさんはレイナを見つめて、そう言った。

ゴードンさんたちは、兵士としてこの町の平和を維持すべく日々活動している。しかしながら、平和が続く昨今ではそれもマンネリ化しているのだろう。

そこで、今起きている平和からの転換を、どうにか防がなくてはならない。

「……まあ、それがどうなっていくかは解らないけれどね。我々が平和を、未来に託していかないといけない。そういうことは義務だ。我々が争いの絶えない世界を、未来の君たちに託してはいけないのだよ」

「ゴードンさん……」

僕、メアリー、ルーシーが合わせてゴードンさんに声をかけた。

その時だった。

時計塔の鐘が鳴った。

リーガル城城下町のシンボルである、時計塔の鐘が鳴った。

銃を落とした音を聞いて、僕たちはゴードンさんのほうを向いた。

ゴードンさんは何か気持ち悪そうな表情を浮かべていた。

「……ゴードンさん、大丈夫ですか?」

「近づくな」

近づこうとしたメアリーを強い語気で退こうとするゴードンさん。

背後で異変を感じ取ったレイナも踵を返していた。

「おい!」

レイナは走って、ゴードンさんのほうへと走り出す。

その間にもゴードンさんは跪く。見る見るうちに、恰好が変わっていく。正確に言えば、彼の身体の内から何かが変形しているような感覚だ。暴れている、と言ってもいいだろう。

ゴードンさんの身体が変化していく。

僕たちはとても恐ろしくて、一歩もそこから動けなかった。

そして、ゴードンさんの背中から――巨大な白い翼が現出する。

ミシェラの言葉が僕の頭の中をこだまする。

 

――メタモルフォーズは人間とは明らかに異なる部位、翼部の現出により判断する。

 

その通り、ゴードンさんの身体には巨大な白い翼が生み出されていた。白い翼、といえば天使のそれを想像するが、その翼は羽で出来ていて柔らかいイメージがあるのに対し、ゴードンさんのそれは筋肉質でゴツゴツとした感じだった。それだけで、奇妙な雰囲気を放つのには十分すぎた。

「メタモルフォーズ……!」

「はは……。どうやら、あの少女の血を浴びてしまったことが原因だったのか」

ゴードンさんは未だ意識があった。未だ自分の言葉を話すだけの意識は持ち合わせているようだった。

「聞いたことがあります。メタモルフォーズは人間のそれと大きく異なるポイントがある、と。それが翼である……」

「そんな……。つまり、ゴードンさんは……」

ゴードンさんの翼の現出により、周りの住民も慌て始める。当然だろう、今まで国を守ってきた兵士が倒れこみ、その兵士から人間とは明らかに違うパーツ――翼が生えてきたのを目の当たりにすれば、驚かないわけがない。

「フル・ヤタクミ……私はもう、『人間』ではないのだろう……?」

僕に問いかけたゴードンさん。

その質問の答えは、紛れもなくイエスだ。だから、僕は首を縦に振る。

「だったら私を殺してくれ……。頼むよ……」

ゴードンさんと僕たちの周りに兵士がやってくる。兵士はメタモルフォーズの状態変化を初めて見たからだろう。その状況に狼狽えて何も出来ない兵士も居た。

それは僕たちも同じだった。

ただ、動けなかった。

レイナも同じだった。レイナはゴードンさんの前に立って、涙を流していた。

「……何で、何でこいつがこんな目に合わないといけないんだよ」

レイナは悔しそうに、そう言った。

僕たちも、兵士のみんなも、その言葉に答えることは出来なかった。

「何で、何でなんだよ……」

「殺せ」

兵士の真ん中に立っている、いかにも階級が一つ上の女性は言った。どうやらゴードンさんとは顔見知りなのか、ゴードンさんがそちらを向いて笑みを浮かべる。

「まさか、お前に殺されることになるとは、な。数奇な運命とは、このことを言うのだろうか」

「さて、どうでしょうか? ……いずれにせよ、チェックしなかった我々のミスでもあると言えます。まさか、あのバケモノにこのような結果で感染が認められるとは……」

そう言って、女性は銃を構える。

「これは特殊な銃です。この弾丸が命中すると、眠るように死に至ります。痛みを感じることはありません。まったく、平和ボケした人間が考える兵器とは思いませんか?」

「貴様は昔から御託を述べるのが多かったな。さっさと殺してくれないか。さっきから身体を組み替えているのか知らないが、とても痛くてね。話をすることすらままならない。……まあ、人を襲う前に死ぬことは未だいい結果なのかもしれないがね」

「ええ、私もそう思っていますよ」

そう言って、女性は銃の水準を彼の心臓に合わせた。

「……レイナ、すまなかったな」

「……何を言っているんだよ。こんな結末、認めねえぞ……」

「ははは。まあ、仕方ない結末だった。……カミサマが試練を与えたと思えばいい。……フル・ヤタクミ、レイナを頼むぞ。彼女を再び盗賊稼業に戻すことは、俺が許さない」

「……解った」

僕は、その一言しか答えることが出来なかった。

そして、女性は銃の引き金を――ゆっくりと引いた。

 

◇◇◇

 

出発の朝。

僕たちは王様の部屋に再び立っていた。出発について、王に話すためだ。

「……君たちを守ることが満足に出来ず、申し訳ない。本来であれば我々がずっと守っていけるようであればいいのだが、この国は、いいや……この世界は予想以上に平和が脅かされているようだ」

「だから、僕が予言の勇者として行動していかないといけないのでしょう。……大丈夫です。王様、ありがとうございました」

僕は頭を下げる。それから数瞬の時をおいて、メアリーとルーシーも頭を下げた。

「次に向かうとしたら……スノーフォグになるかな。あのメタモルフォーズの大群がやってきた方角も、確かその方角であったと聞く。もしかしたら、あの国でメタモルフォーズが開発されたのかもしれない」

「スノーフォグ……」

スノーフォグ。

聞いたことがある。祈祷師であるリュージュが治める国。だが、情報自体はそれしか持っていないので、いったいどのような国家なのか全くもって予想がつかない。

「本当に、お世話になりました」

そうして僕たちはもう一度頭を下げると、踵を返し、王様の部屋を後にした。

 

 

城門の脇には、サリー先生が立っていた。

「聞いたわよ。スノーフォグへ向かうのですって?」

「……ええ。スノーフォグからあのメタモルフォーズの大群がやってきたらしいので……。もっとも、あの大群は幻影だったわけですけれど、あの方角に何かあったのは間違いないのではないか、と考えられています」

「だったら、私も何か物をあげましょう」

そう言ってサリー先生はポシェットに入っていた小さな林檎を僕に差し出した。

「これって……」

「『知恵の木の実』、よ。効果は……まあ、実際に使ってみれば解ることでしょう。ただし、使い過ぎに注意してね」

「……はい」

サリー先生の言葉に頷く。

「それじゃ、これから世界を救うだろうあなたたちにこんな言葉を贈るのは間違いかもしれないけれど……」

サリー先生は笑みを浮かべて、僕たちに語った。

「――良い旅にしてね」

「はい! ありがとうございます!」

 

――そうして僕たちは、サリー先生と別れ、一路スノーフォグへと向かった。

 

 

◇◇◇

 

リーガル城、王の間。

国王が一人で何かを待ち構えていた。普通ならば兵士か大臣か、そのいずれかが王の間に滞在していることが殆どなのだが、今は国王自らが退去させている。

今からやってくる相手は、それほどに秘密裡なのだ。

コツ。

足音を聞いて、国王は目を開ける。

「……少々、遅かったのではないのかね?」

その声を聴いて、相手は口角をあげる。

「私にもいろいろとやることがあるのよ、ハイダルク国王」

そこに立っていたのは――スノーフォグの国王、リュージュだった。

リュージュは水晶玉を見つめながら、

「一応、私が言った通りに物事を進めてくれたようね。予言の勇者を上手い具合に追い払ってくれて。しかもスノーフォグへ誘導までしてくれた。ほんとうに感謝しているわ」

そう。

ハイダルク国王がフルたちをスノーフォグへと誘導させたのは、リュージュのシナリオがあったからだった。

それだけではない。リュージュが提出したシナリオにはメタモルフォーズの大群が襲撃してくることや、それを追い払うこともすべて書かれていた。

要するに、今まであったことはただの八百長だった――ということになる。

「……お前は何を企んでいる? 貴様はいったい……」

「それを話す前に、私からひとつ提案しましょうか。そもそも、私はその提案をするためにここにやってきたのだから」

リュージュはハイダルク国王の目を見て、言った。

「あなたが『捕獲』したメタモルフォーズ……きっとそれはここで研究をしていくのでしょうけれど、それを渡してもらえないかしら?」

「……やはり、あのメタモルフォーズから『感染』したものだったのか」

溜息を吐くハイダルク国王を見て、笑みを浮かべるリュージュ。

「ええ、そうよ。そうだったのよ。メタモルフォーズは感染する。いや、正確に言えば、メタモルフォーズの血液により、覚醒した。そういう表現が案外正しいかもしれないわね」

「覚醒した? まるで、メタモルフォーズが――」

「メタモルフォーズは人間の進化の可能性、その一つよ」

リュージュははっきりと言い切った。

メタモルフォーズは人間の進化の可能性、であると。

「……人間の、進化の可能性……? あのバケモノが、か?」

「バケモノ。確かにあなたはそう思うかもしれないわね。それは間違った解釈ではない。むしろ正しい解釈かもしれないわ。けれど、いつかきっとこれが正しいと言える時代がやってくる。これは予言ではない、確定事項よ」

「確定事項……か。しかし、予言の勇者を泳がしておくとは、お前らしくもないが。もし、メタモルフォーズをそこまで使おうと考えているのならば、予言の勇者は一番の邪魔者なのではないかね?」

「邪魔ね。はっきり言って」

リュージュはそう言い放った。

しかし、踵を返して、

「しかしながら、それよりも今は私のシナリオ通りに進んでいること。それについて考える必要があるのよ。予言の勇者をまだ殺すべきではない。私はそう考えているからね」

「……もうお前に言い返す言葉もない。何代前から、ハイダルクとスノーフォグは関係を築いているのか、覚えていないだろうからな」

「そうね。そして私はずっとこの地位に君臨し続けている。言わせてもらうけれど、祈祷師はずっと若々しい身体を保つことが出来るのよ? さすがに不老不死、とまではいかないけれど、普通の人間と比べればその差は歴然。祈祷師というのはね、選ばれし人間なのよ。まあ、すでにガラムドの血を引き継いでいる時点で、普通の人間とは違うことはお解りいただいていると思うけれど?」

深い溜息を吐いて、ハイダルク国王は目を瞑る。

「……メタモルフォーズに関しては引き渡そう。船で構わないかね? それとも連れ帰るか?」

「連れ帰るわ。感謝するわ、ハイダルク国王」

そう言って再び踵を返すと、ハイダルク国王に一歩近づく。

「場所は?」

「案内しよう」

ハイダルク国王は立ち上がると、リュージュを追い抜いていく。そして部屋の出口の前で立ち止まり、振り返る。

「こちらだ」

そうして、ハイダルク国王とリュージュは部屋を後にした。