第七話後編

 

獣は弱っていた。

炎の一撃が相当効いているようで、獣はふらつきながら、それでも何とか倒れまいとしていた。

「今よ、フル!」

メアリーの声が聞こえる。

そうだ、今こそがチャンスだ! 今なら、倒せるはず!

そうして僕は――獣の心臓に思い切りシルフェの剣を突き刺した。

獣はゆっくりと倒れていく。どうやらその一撃が急所――つまるところ、獣の心臓に命中したらしい。ようやく、というところではあるが、何とかといったほうがいいだろう。

僕とメアリー、ルーシーの三人は必死に力を合わせた。がむしゃらに戦った。そして僕たちは何とか獣を追い詰めることが出来た。

獣は力を失ったためか、その形を保てなくなっていったのか、身体が砂のような粒状に変わっていく。そしてその粒は風に舞って散っていく。

「やった……!」

僕は、シルフェの剣を持ったまま小さくつぶやいた。

「はじめて、魔物を……倒したんだ……!」

 

 

再び大樹に向かうと、ミントが僕たちを出迎えてくれた。ちなみに僕たちは戦闘が終わってへとへとになっていたけれど、ミシェラの回復魔法で何とかなった。彼女の回復魔法は一回でかなりのダメージを回復することが出来る。これについてまったく副作用が無い――というのは少々恐ろしいことではあるけれど、あまり考えないほうがいいだろう。

『あなたたちのおかげで、エルフの隠れ里は救われました。エルフもこれから生まれてくることでしょう。ほんとうに……ほんとうにあなたのおかげです』

「あの……差し出がましいようですが、これでエルファスには……?」

『はい。向かうことが出来るでしょう。もとはと言えば、あの獣が居たからこそ、この楽園は破壊されようとしていたのですから。その脅威がなくなった今、我々は再びあの大樹へと向かうことが出来ます』

「それじゃ……」

カーラさんの言葉に、ミントは微笑んだ。

もともと、そのためにこの場所にやってきたのだから、当然と言える。あの町にエルフが出現しなくなったから、その原因を突き止めるためにやってきた。そして、その原因は今撃破された。そうすれば、もうあとは……。

「これでようやく、リーガル城へと向かうことが出来る、ということかな?」

ルーシーの言葉に、僕は頷く。

随分と時間がかかってしまったけれど、城で待っている人は怒っていないだろうか? そこだけが少々不安なところでもある。大急ぎで向かわないと、悪い印象を与えかねない。

「それじゃ、一先ず町長さんに報告を――」

そう言って、カーラさんが振り返った――ちょうどその時だった。

「ねえ、あれ……いったい何?」

はじめにそれに気づいたのはメアリーだった。

彼女が指さしたその先には、黒煙が空へ伸びていた。

そしてその方角は紛れもない――エルファスのほうだった。

「エルファスが危ない!」

カーラさんは大急ぎで馬車に乗り込む。

僕たちはミントに急いで一礼して、彼女を追うように馬車に乗り込んでいった。

僕たちが乗り込んだと同時に、馬車は急発進する。この際、乗り心地など二の次。エルファスから延びる黒煙の正体、それを突き止める必要があった。

そのためにも僕たちは――急いで向かわねばならなかった。

 

 

フルたちの乗り込んだ馬車を見送ったミントは小さく溜息を吐いて、大樹を見た。

大樹からは白い光の粒が生み出されている。それがエルフであった。

エルフの隠れ里にはこれからたくさんのエルフが生まれることになる。

そして、ミントは考えた。

勇者に与えた三つの武器と、魔法の使い方。

勇者はこれにより魔法を使うことが出来た。しかし、魔法をつかうこと自体が――ノーバウンドでできるものではない。使うためにはエネルギーが必要であるし、代償も必要だ。

だが、ミントはそれを知っていて――フルに魔法の加護をした。

それはガラムドから言われていたこと。

それはガラムドから命じられていたこと。

ミントは空に向かって、つぶやく。

「――ガラムド様、あなたは、ほんとうにこれをお望みなのですか……?」

その小さく儚い声は、当然フルたちに届くことなど無かった。

 

◇◇◇

 

エルファスに戻ってくると、それは酷い有様だった。

最初に到着したときにあった壁は破壊されているし、石造りの区々から火が出ている。道にはたくさんの人の――衣服だけが落ちていた。

まさに奇妙な有様。

死体ならまだしも、衣服しかない。

「これはいったい……?」

「予言の勇者サマのお出ましか。意外と早かったね……」

声を聴いて、僕はそちらのほうを向いた。

そこに立っていたのは、カーキ色の衣装に身を包んだ女性だった。髪はショートカットで、りりしい顔立ちは女優か何かと言われても信じることが出来るほどのプロポーションだった。

そして、その右手には町長の姿があった。

「町長!」

カーラさんは思わず馬車から飛び出そうとした。

「ダメ! 今出ると、敵の思う壺になる!」

それを制したのはメアリーだった。

それを聞いて、カーラさんは何とか外に出るのを思いとどまった。

「ボクの名前はラシッド。それにしてもまさか、『番外(アウター・ナンバー)』に出会えるとは思いもしなかった。……ま、そこまでの排除は求められていないから、別にいいけれど」

「アウター・ナンバー……?」

「十三人の忌み子、という言葉があってね。それに入りきれなかった人のことを言うのだよ。彼女たちはそれから逃げ出した。だから『番号から落とされた』。まあ、その忌み子も、もうイルファ兄妹しか残っていないわけだが」

「何を言っている!」

「君たちにはいずれ、偉大なる歴史の大見出しを観測する、観測者になってもらう。まあ、そう時間は無いからそれを食い止めることはまず無理なのだろうけれど。言っておくけれど、この町の人たちはみんな『溶かした』から。あとはこの町長だけ。けれど、この人は殺さないから安心して。この人にはこの町で起きた惨状を世界に伝えてもらわなくっちゃ! そして、魔法科学組織『シグナル』の名前も、ね」

そう言ってラシッドは無造作に町長を地面に投げ捨てた。

「町長!」

「ダメ! 今は出てはいけない!」

「ハハハ……。年下に宥められているようでは、感情がうまくコントロール出来ていないね? まあ、別にいいけれど。あーあ、取り敢えずやることは終わったし、ボクはこれで帰るよ」

そう言ってラシッドはウインクする。

「じゃあねっ!」

そしてラシッドの身体は――まるで空気に溶け込んだかのように、消えた。

 

◇◇◇

 

次の日。

僕たちは町長の家で目を覚ました。

「……よく眠れたようだね」

町長の声を聴いて、僕はすぐに頷けなかった。町長からしてみれば、自分の町が何者かによって壊滅してしまったのだから、そう眠れるわけがない。

「気にする必要は無い。君たちはやるべきことをやってくれた。それはカーラとミシェラから聞いているよ。……むしろ、それを考えるのは君たちではない。私たち、エルファスの人間のほうだ。そして、君たちは前に進まねばならない」

そこに立っていたのは、兵士だった。銀色の、輝いた鎧に身を包んだ白髪交じりの男だった。男は僕の顔を見ると、柔和な笑みを浮かべて言った。

「やっと出会えた。私の名前は、ハイダルク国軍兵士長のゴードン・グラムと言います。エルファスの被害調査に出向いたら、まさか予言の勇者様ご一行に出会えるとは思いもしませんでした」

「……ハイダルク国軍?」

つまり、この人は軍人――ということか。

ゴードンさんは話を続ける。

「この町がなぜこのような事態に陥ってしまったのか、先ず調査を進める必要も有りますが……、予言の勇者様、あなたがここに居ることも驚きました。船が転覆してしまった、ということは聞いていましたが……」

「やはりあの船は、転覆してしまったのですか?」

こくり、と頷くゴードンさん。

「……ですが、安心してください。船員は全員無事です。港町バイタスに流れ着きましたから。ですが、あなたたちが見つからなかった。だからみんな心配していたのです。予言の勇者様は、どこへ消えてしまったのか……ということを城中皆言っていたのですよ」

「心配をかけてしまって、すいません」

僕は頭を下げる。

ゴードンさんは「いえいえ」と言って、話を続けた。

「むしろ、私たちのほうが見つけることが出来ず申し訳なく思っています。ほんとうに、ここで見つかったのは偶然だと思います。……さあ、ここは我々に任せて、あなたたちは城へ向かってください」

 

 

荷物をまとめて、外へ出た。

息が白く、とても寒い。

そういえば、もうこの世界にきて――二か月が経過した。この世界の季節は、どうやら元の世界の季節とあまり変わりがない。というか、変わらない。春夏秋冬、しっかりと季節が色づいている。

まるでこの世界は元の世界と同じような……そんな感じすら浮かんでくる。

けれど、そうだとしてもこの世界の歴史のことを考えると、元の世界と合致しない。だからこそ、異世界という感じがしないから僕にとってはとても有難いことなのだけれど。

ふと大樹を見ると、周りがきらきらと輝いていた。

エルフたちが僕たちのことを、見送っているように見えた。

馬車に乗り込み、僕は目を瞑る。未だ疲れているのか、とても眠かった。

「――僕はどうやってこの世界に来たのだろう?」

そんな、誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いて、僕はそのまま眠りに落ちた。

 

◇◇◇

 

「やっと見つけたわ、サリー・クリプトン」

ラドーム学院は崩落しつつあった。様々な場所から火が出て、先生や学生が対処しているが、それでもバルト・イルファにはかなわなかった。

そしてサリーもまた、学院と学生を救うべく通路を走っていたのだが――それを遮ったのが、リュージュだった。

「……まさか、これをあなたが行ったことだというの? スノーフォグの王である、あなたが」

「正確に言えば、命令しただけね。私は直接手を下していない。交渉決裂してしまったから、致し方ないことになるけれど」

「校長は……」

「ラドームなら殺したわ」

淡々とした口調でリュージュは言った。

「まさか……そんな」

「嘘はついていないわよ。もちろん。アイツは交渉しようとしなかった。だから、殺した。そしてこの学院も、私が来たという証拠を残さないように消えてもらう。そういう運命なのよ」

「……あの予言を、実現させるつもりだというの?」

あの予言――それは即ち、テーラの予言だった。

「予言の勇者……あの忌まわしき存在を消し去らないと、私の野望が実現できない。それはあなただってそうでしょう?」

それを聞いて、眉を顰めるサリー。

「……何を言っているのか、さっぱり解らないのだけれど。私があの予言と何か関係が?」

「無いとは言わせないわよ。……もはや知る人も殆ど居ないけれどね、クリプトンという独特な苗字、そしてテーラの苗字を知る人間は殆ど居ない。……サリー・クリプトン。テーラ・クリプトンの子孫であり、その遺志を継ぐ者。テーラの予言を阻止するべく活動していた。そしてあなたはテーラが編み出した『禁断の魔術』を継承していた」

それを聞いてサリーは両手を上げた。

「……まさかそこまで知っていたとはね。さすがは祈祷師サマ、ってことかしら? それで? そこまで私のことを調べ上げて、何が欲しいの?」

「当然、『禁断の魔術』、その方法を」

それを聞いて、サリーは鼻で笑った。

当然それを見て苛立たないリュージュでは無かった。リュージュは一歩前に踏み出して、サリーの表情を見つめた。

「禁断の魔術……その方法、知らないとは言わせないわよ」

「禁断の魔術はどうして『禁断』と言われているのか、それを理解してから話したほうがいいと思うけれど? まさか祈祷師サマのくせにそこまで知らない、なんてことは……無いわよね?」

サリーはリュージュに対抗するように、そう言い返した。

「……人命を蘇生させる魔法、よね」

こくり、とリュージュは頷く。

「そう。そして、面白いことにその魔法は人間以外にも適用される。それは封印された、伝説のメタモルフォーズにだって……」

「やはり、それが目的なのね」

サリーの目線が冷たく突き刺さる。

しかし、そんなことリュージュには関係なかった。

「……オリジナルフォーズを復活させれば、世界を滅ぼすことだって、世界を管理することだって簡単にできる。だって、そうでしょう?」

「世界を滅ぼすことで……、何を生み出すというの? 何も生み出さない。それは無駄なことでしょう?」

「世界を滅ぼすことは簡単だ。その魔法を使ってオリジナルフォーズさえ復活させればいいのだから。そして、世界を滅ぼした後は新しい世界を生み出す。これぞ、テーラの予言を実現させたといえるのではないかしら?」

それを聞いて、サリーは溜息を吐く。

サリーは持っていた杖をリュージュに向けて、

「話し合いで解決するとは到底思えなかったけれど……、まさかこんな結末になるとはね」

「私を脅しても無駄よ。禁断の魔術が書かれた魔導書は、私の先祖によって封印されたのだから」

「封印……テーラめ、まさかそのようなことをしていたとは……!」

リュージュは深い溜息を吐いたのち、指を弾いた。

それと同時に、彼女の隣にバルト・イルファが出現した。

「やっほー。リュージュ様、いったい何をすればいいの?」

「この魔術師を殺しなさい。ああ、一応言っておくけれど手練れよ。そう簡単に倒せるものじゃない」

「なんか弱そうだけれど?」

「ルイスを殺したのは、この魔術師よ。そう言えば、あなたも少しは働く気になるかしら?」

それを聞いて、バルト・イルファは笑みを浮かべる。

今まで興味を抱かなかったのが、その事実を聞いて興味を持ったらしい。

「成る程ね……。ルイスを殺したのは、お前だったのか。だったらちょっとは興味を持ったかな」

そう言って、バルト・イルファは手から炎を出した。出した炎は何かの形に形成されていき、最終的にそれは剣の形となった。

炎の剣を構えて、バルト・イルファは言った。

「さて――どうなるか、試してみようかな。せめて僕を楽しませておくれよ?」

「そう余裕を言っているのも、今のうちかもしれないわよ?」

そうして、バルト・イルファとサリーの戦闘が始まった。

 

◇◇◇

 

気が付けば、僕は白い空間の中に居た。

そしてそこには一筋の川が流れていた。

そこに流れていたものは、記憶。

森の獅子との戦闘。

船が爆発して海に放り出されたこと。

トライヤムチェン族の集落での戦闘。

ラドーム学院での日常。

ゲーム屋での出来事。

色んなことが、記憶の川を遡ると見えてくる。自分でも『こんなことがあったのか』と思うくらいだ。

記憶の川は、さらに遡ることが出来る。

これから青春を送ると思われた高校時代。

何事もなく、一言でいえば真っ白な中学時代。

小学時代は何も知らずにひたすら騒いでいた。

幼稚園のころなんてもっとそうだった――と思う。

「……意外と覚えているものなんだな」

僕はそんなことを独り言ちった。

幼稚園に入園する前の自分は、自分で言うことではないけれど、とても可愛らしい。

しかし、そこで唐突に記憶の川は涸れていた。

「……あれ?」

おかしい。

そんなところで記憶の川が涸れるはずが無かった。

だって、そこからさらに遡って――『生まれる』という記憶が残っているはず。

けれど、記憶の川はここで終わっている。

自分は母親から生まれた、という『記録』は当然残っている。

けれど、『記憶』が残っていない。

「いったい、どういうことなんだろう……」

『フル…………!』

そこで、声が聞こえた。

記憶とは別の場所からの呼びかけだった。

 

 

身体がゆすぶられて、僕はそこで目を覚ました。

「フル、フル! 起きて!」

「え……何……?」

見ると、メアリーが僕の身体を揺すって起こしてくれたのだと気付いた。

「もうすぐ城に着くよ。城に着いたら王様に謁見するから、きちんと眠気を覚ましておいてね」

「……ああ、解ったよ」

僕は目をこすりながら、馬車から外を見る。

どうやらもうリーガル城下に入っているようで、多種多様の店が軒先を並べ、人があふれていた。リーガル城は円形に形成されており、外殻に城下町が構成されている。内殻にある城と外殻にある城下町の間は堀があり、それを超えるために二つの橋が架けられている。しかしその橋も夜間になると閉められる――これはメアリーから聞いた基礎知識であって、僕はそれ以上のことは知らないのだけれど。

「フルは、リーガル城に来たことがないの?」

ミシェラの問いに僕は言葉を返す。

「そう言うからにはミシェラは来たことがあるのか?」

「城下町には数回ね。娼館は出張サービスもやっているから。さすがに城が近い場所だと警備も厳しいからあまり出来ないけれど、入口そばとかだと案外客が多いのよね」

溜息を吐いて、ミシェラは外を眺めた。

どうやら彼女にも彼女なりの思い出があるようだった。

橋を渡り、大きな門がゆっくりと開かれていく。

僕たちは、馬車に乗ったままリーガル城へと入っていった。

 

◇◇◇

 

燃えていくラドーム学院を眺めながら、リュージュは歩いていた。

「……まさか簡単に逃げられてしまうとはね」

「擬態魔法を使うなんて、やっぱりテーラの子孫なだけはあるよね。いや、もしくは学校の先生だったから?」

バルト・イルファは両手を頭の後ろに回して組み、笑いながらそう言った。

「あなたがさっさと倒さなかったからよ」

「だって逃げるんだもん。素早い、と言ったほうが正しいかな? まさかあそこまで逃げ足が速いとは思いもしなかったし」

「……まあ、それは確かね。もしかしたら最初から逃げる目的だったのかも」

「これからどうするの? だって、魔導書を探さないといけないんでしょ?」

「……それもそうねえ。確かに探さないといけないのだけれど、場所の見当がつかないと無理だし……。一先ず戻ることにするわ。あなたは?」

「僕も戻るよ。だってもう面白いことは無くなってしまったし」

そうね、とリュージュは言って右手を天に掲げた。

そしてリュージュたち二人の周りに自動的に円が描かれて、それが緑色の光を放つ。

それが消えたと同時に、リュージュたちの姿も――消えた。

 

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