第七話前編

 

エルフの隠れ里に向かうまで、そう時間はかからなかった。

距離にして――と説明するのは難しいので、時間で説明するとおよそ二十分程度。話をしていると気付けばもう到着していた――そんなくらいの時間だった。

とはいえ話なんてそんなこともあまり盛り上がらなかった。自己紹介をして、ぎこちない会話をした程度。

エルフの隠れ里に着いて、最初に異変に気付いたのはルーシーだった。

「……なんか臭くないか?」

鼻を抓みながら、ルーシーは言った。

彼の言う通り、鼻が曲がりそうな酷い匂いがした。正確に言えば、血の匂い。

ガリ、ボリ、ボリ――。

次いで、何かを噛み砕くような音が聞こえた。随分と節操とマナーのなっていないやつだ、そんなことを思っていた。

しかし、森の影に隠れていたのは――そんなことが言えるようなモノでは無かった。

それはまさに異形と呼べるような存在だった。普通、ドラゴンか何かだったら、顔は一つしかない。それは生き物それぞれが持つルールのようなものであって、たいていそのルールを守っていない生き物はいない。

しかし、それは顔が幾つもあった。

それだけで元来生きている生き物とは違う存在であることが理解できる。

そして、それは巨大すぎた。森に隠れている程度、とはいえ数メートルはある。僕たちの身体と比べればその大きさは一目瞭然、太刀打ちしようにもできるはずがなかった。

そして、その異形はあるものを食べていた。

それは小さな人のように見えた。

なぜそう言えるかというと、足らしきものが異形の口から見えたからだ。そして、同時に地面を見ると、薄く輝いている羽らしきものも見える。

――それは、紛れもなく、エルフだった。

「嘘……だろ? まさか、エルフを食べているというのか……!」

ミシェラの言葉を聞いて、僕も現実を再認識する。

エルフ。またの名を妖精。空を華麗に舞い、自然物の精霊とも言われている神秘的な生物。

それが今、異形によって見るも無残な姿になっている。

「い、いや……」

見ると、メアリーが今にも大声を上げようとしている。

怖いと思っているのは、仕方がない。

しかし、今大声を出されてしまうとあの異形に気付かれてしまう。

それは出来る限り避けたい。

だから、僕はメアリーにそっとささやいた。

「気持ちを抑えて。叫びたい気持ちも解るけれど、今気付かれたら一巻の終わりだ」

「……そうね、ありがとう、フル。もしあなたが言ってくれなかったら、私は叫んでいたかもしれない」

メアリーはどうやら我に返ったようだ。

さて、ここからスタートライン。

対策をしっかりと考えていかねばならない。どのようにしてあの異形を対処していくか。

「おそらくあの異形が居るからこそ、エルフたちはエルファスに向かうことが出来ないのだろう……。ここはもともとエルフが住む場所だ。エルフたちにとっては生まれ故郷と言ってもいい。その場所が破壊されようとしているのならば、ここを脱出するわけにもいかないだろう」

『その通りです、若人たちよ』

カーラの言葉の直後、僕の頭に声が響いた。

どうやらそれは僕以外の人にも同様の症状が起きているようで、

「誰……?」

メアリーがその言葉について、訊ねた。

その言葉に呼び出されたかのように、目の前に小人が姿を現した。

そう、飛んでいた。

羽をはやし、僕たちに比べると六割程度の身長になっているそれは、耳が斜め上の方向に尖っており――。

「もしかして――エルフ?」

そう。

そこに富んでいたのは、エルフそのものだった。

緑の髪をしたエルフは頷くと、

『いかにも。私はエルフです。あなた方人間が森の精や妖精と呼んでいる存在、それが私たちになります』

「……しかし、エルフと呼ぶのもどこかこそばゆい。それは君たちの種族名なのだろう? 君たちにも個を識別するための何か……そう、例えば、名前とか、無いのか?」

ルーシーの問いに、首を傾げるエルフ。

『残念ながら、私たちエルフには名前がありません。すべて職業で認識されるためです。ですので、名前は――』

「解ったわ。じゃあ、呼びやすい名前を付けましょう。今からあなたはミント。いいわね?」

ミシェラはそう言って、ミントのほうを指さした。

ミントはその言葉を聞いて暫く首を傾げていたが、少しして頷いて、笑みを浮かべた。

『ミント……ミント。ええ、いいですね。良い名前です。解りました。では、私のことはミントとお呼びください』

「ミントさん。それじゃ早速質問するけれど」

メアリーはそう前置きして、質問を開始した。

「エルファスにある大樹はどうして枯れてしまったのかしら? あれはあなたたちエルフが管理しているものだと聞いたのだけれど」

『……そうですね。確かにその通りです。本当ならば私が向かわねばならないのですが……あのバケモノにエルフを食べられてしまい、今、エルフは私しかいません。だから、ここを離れることが出来ない。それが現状です』

「エルフが……一人しかいない?」

それを聞いて僕は冷や汗をかいた。まさかここまでエルフの状況が酷くなっているとは知らなかったからだ。

『そう悲観することはありませんよ』

僕の表情を見てからか、ミントはそう僕に声をかけてくれた。

慰めの言葉になるのかもしれないけれど、しかし、実際どうするというのだろうか。そんな言葉を投げかけても、エルフは復活することなんてないと思うけれど。

『あなたはエルフを何か勘違いしているかもしれませんが……、エルフは自然から生まれる精霊です。ですから時間さえ置けば幾らでも生まれるのです。……もちろん、管理限界はあるので、その人数を超えることはありませんが。しかしながら、あの異形が生まれた瞬間にエルフを食べてしまうものですから、溜まることはありません。私はどうにかして結界を張って、見つからないようにしていますが……。あの異形の頭が良くなくてよかった、というのが正直な感想になりますね』

「アイツを倒す方法というのは、無いのですか?」

僕はミントに訊ねてみる。もっとも、すぐに見つかるものではないと思っているが――。

『無いことは無いですが……。しかし、それを使いこなせるかどうかは解りませんよ?』

そう言って、ミントは僕の周りを一周する。

「あの……どうしましたか?」

『いや……うん。行けますね。ちょっとやってみましょう。物は試しです。あなたに魔法の技術、そのすべてを授けます』

魔法。

でも、僕が学んでいたのは錬金術だったと思うけれど……。

しかしミントは問答無用で、僕の前に移動すると、目を瞑った。

そして誰にも聞こえないような小さな声で、詠唱を開始した。

目と鼻の間の距離しか離れていないというのに、ミントの声はとても小さくて、聞こえなかった。

きっと、この声がミントのほんとうの声なのだろう。

「……うっ」

同時に、頭が痛くなる。

まるで大量のデータを思い切り脳内に直接書き込まれているような、そんな感覚。

有無を言わさずたくさんのデータが流し込まれていく。

それは魔法の原理、そして技術。

初心者である僕が、魔法を使いこなすには十分すぎるそれを、僕はミントの詠唱により思い切り流し込まれた。

頭痛がする。大量のデータを一気に、短時間で流し込まれた。処理しきれない、と言えばうそになるが――きっとそういう感覚なのだろう。

『……終わりました』

「これが……これが魔法だと?」

「ええ。しかし、その大きすぎる情報は、いずれあなたを滅ぼすでしょう。それだけは、理解していただきたいものですね……」

ミントは何か言ったけれど、囁く様な声だったので、僕たちにまで届かなかった。

「それでは、これであのバケモノと……!」

『ちょっと待ってください。まだ、まだ足りません』

「?」

『まだ使えるモノがある、ということです』

そう言ってミントはどこかへと向かった。少し動いて、立ち止まる。そうして僕たちのほうを一瞥して、また動き出した。

どうやら、ついてこい、と言っているようにも見えた。

「……どうやらまだ隠している何かがあるようだな」

ミシェラの言葉を聞いて、僕は頷いた。

「向かおう、ミントの動く方向へ……」

そして、馬車もまたゆっくりとそちらの方向へと向かった。

 

◇◇◇

 

ミントが居た場所は、巨大な木の室の中だった。

「……カーラさん、ミシェラ。ここで待っていてくれませんか?」

「どうして?」

「いや、何か……何となくだけれど、僕たち三人だけに用事があるような気がするんだ。あのミントとかいうエルフは」

ルーシーはそう言って、馬車から降りた。

僕も、なんとなくそのような予感はしていた。

そして、それはメアリーも同じだった。

「あら? ルーシーもそう思っていたの? 奇遇ね、実は私も、なのよ。けれど、どうしてそういう感覚をしているのか解らないけれどね……。もしかしたら、ミントさんがそういう感覚を無意識に流しているのかもしれないわね?」

僕たちは、三人それぞれの言葉を聞いて――そして同時に頷く。

「解ったわ。それじゃ、私たちはここで待っています」

「何かあったら、すぐに私たちを呼びなさいよ」

カーラ、ミシェラはそれぞれ僕たちにエールを送る。

それを聞いて、僕たちは頷いて――木の室の中へと入っていった。

木の室の中には、小さな部屋があった。

そしてそこには、三つの武器が並んでいた。

「……これは?」

『これは、ガラムド様から渡された武器です。それぞれシルフェの剣、シルフェの杖、シルフェの弓……。聖なる力が宿っていて、絶大な力を誇ると言われています。この平和な時代に必要かどうか解りませんでしたが……、今ならば必要である。そう思うのですよ』

そう、ミントが言った瞬間――。

剣を見ると、それがほのかに緑色の光を放ったような気がした。

「?」

そして――剣がゆっくりと動き出す。ひとりでに、勝手に。

『まさか……剣が持ち主に呼応している、というのですか……!』

シルフェの剣はそれに頷くように、突き刺された地面から抜け出すと、自動的に僕の左手、その手元に柄が――まるでそこを掴め、と言っているかのように――移動した。

そして僕は、その、シルフェの剣を――しっかりと掴んだ。

同じ現象は、ルーシー、それにメアリーにも起こった。

お互い、無意識に見ていたのだろうけれど、ワンテンポ遅れて、ルーシーには弓が、メアリーには杖が自動的に装備できる場所まで、武器が移動してきた。

「これって……どういうこと?」

「解らない……。けれど、これで、戦える気がする……」

僕はその剣から感じる力が、とても強いものだと――感じた。

ミントは目を丸くしていて、とても驚いている様子だった。

『……まさか、このようなことが起きるなんて。ええ、ええ、これなら、これなら戦うことが出来るでしょう。剣、杖、弓、それはそれぞれあなたたちの基礎エネルギーを底上げすることで、普通の武器を装備するよりも何倍のパワーを出すことが出来ます。それならば、あなたたちもあのバケモノを倒すことが……きっと!』

その剣をもって思った感想は一つ。

その剣を持ったことにより、力があふれ出してきた。正確に言えば、その剣から力があふれ出ている、と言ってもいい。その剣を構えた時から、その剣に秘められた力が僕に流れ込んでいる――と言えば解るだろうか。

そして、その感覚を感じているのは、僕だけではないようだった。ルーシーは弓を、メアリーは杖を見つめながら、その力に驚いているようだった。

「……行ける」

僕はぽつり、そうつぶやいた。それはその力から出た自信の表れかもしれなかったが、現にそれほどの力を持っていたのだ。

そして僕たちは、木の室を飛び出していく。

目的はいつだって単純明快だ。

妖精を乱暴に食べているあのバケモノを倒す、そのために。

 

 

「私がバリアを作る! だから、フルとルーシーで攻撃をして!」

「「了解!」」

僕とルーシーは同時に頷いて、それぞれ行動を開始する。

「ねえ、こいつは一体どういうことなの?」

ミシェラがメアリーに質問する。

「ミシェラは回復魔法が得意だったわよね。だから、みんなのサポートをして。バリアを作ると言っても、それでどれほど軽減されるか解らない……。だから、ダメージを受けた時素早く回復をする。それがあなたの役目よ」

「……解った!」

ミシェラが物分かりの良い人で良かった。僕は心からそう思っていた。

そして、僕たちは攻撃を開始する。

メアリーが念じると、同時に僕たちの周りに球状のバリアが出現する。バリア、と言ってもこちらから攻撃することが出来る非常に曖昧な境界を持つものだったが、しかしながら、一番に彼女が驚いたのは――。

「嘘……。魔法陣も無しに、バリアを使えるだなんて……!」

魔法陣。

この世界の魔法は、円というファクターをもとにしていくつかの図形を組み合わせた陣――魔法陣を作り上げ、それにエネルギーを送り込むことで初めて魔法として成立する。

しかしながら、今メアリーが発動させたそれは魔法ではあるものの、そのいくつかの工程をすっ飛ばしたものとなっていた。

「凄い……」

ミシェラ、それにカーラは驚いていた。

当然だろう。きっと、これはこの世界でも珍しい存在なのだ。魔法陣を使わずに魔法を放つという、その行為自体が。

「これで……終わりだ!」

そして。

僕はバケモノの頭に――剣を突き刺した。

「がるる、がるうううううううううう……!」

同時に、苦痛にも似た表情を浮かべながらバケモノは雄叫びを上げる。

なんというか、とてもやりにくい。

表情が人間に似ているからだ。こんな敵と戦ったことなど(そもそも僕の居た世界では、『戦う』ということ自体がゲームの世界であることが殆どなのだが)無いので、とてもやりにくい。感情をそのまま、倒すという方向に倒しづらいとでも言えばいいだろうか。

「ここから……決める!」

そして、僕は素早く魔法陣を描き――剣で強引に切り開いたその先へ炎をぶつけた。

 

◇◇◇

 

そのころ。

ラドーム学院の校長室では、ラドームが大量の書類と格闘していた。

そんな庶務をしているところで、彼は何か――不穏な気配に気付いた。

「隠れていないで出てきたらどうだね」

一言、隠れている相手にぶっきらぼうに言うラドーム。

「……さすがは、ラドームね」

ぽつり、どこかから声が聞こえた。

そして本棚のある部分がぐにゃり、と歪み――そこにぽっかりと小さな穴が出来た。穴から誰かが出てくるまで、そう間隔は空かなかった。

純白の、いわゆる普通の着物を身に着けて、赤い袴、ポニーテールに近い髪形で烏帽子を被っていた女性は小さな水晶を手に持っていた。

さらにもう一人、彼女の護衛――というポジションだろうか、がやってきた。

赤いシャツ、赤く燃え上がるような髪、ニヒルな笑みを浮かべたそれは、すぐに人間ではない別の何かだと理解できた。

「合成獣を連れてくるとは、ほんとうに趣味が悪い人間だな。リュージュよ」

その言葉を聞いて、笑みを浮かべるリュージュ。

「スノーフォグで争った以来かしら、ラドーム?」

「……そうだったかね? できる限り、貴様との記憶は忘れてしまいたかったので、もう覚えていないのだよ。まあ、まるで少女のような容姿をしおって。いったい、どういうマヤカシを使っているのか」

「あら。興味がわいてきた? けれど、教えてあげないわ。これは私が使ってこそ、生えるものだからね」

「フン」

ラドームは鼻を鳴らして、庶務を再開した。とはいえ完全にリュージュを無視することなど出来ない。突然彼女がラドームを燃やす炎魔法を放ってきても何らおかしくない、彼女はそういう存在なのだ。だから、意識はあくまでもリュージュに集中させつつも、処理しなくてはならない庶務を片付け始めていた。

「我々は、神の一族。だから、折衝はいけない。折衝も、殺生も。別にジョークを言っているつもりではないけれど、それについては間違いないわよね?」

「ああ、そうだな。神の一族どうしで殺しあったら、ガラムド様が何を言い出すか解ったものではない」

ラドームは庶務を進めながら、あくまでもリュージュに視線を移すことなく、言った。

「そう。だからここで、取引と行かないかしら?」

ぴたり、と庶務を進めていた手を止めるラドーム。

「取引?」

「そうよ」

リュージュはニヒルな笑みを浮かべながら、ソファに腰かけた。

「……予言の勇者を、こちらに受け渡してもらえるかしら?」

はあ、と溜息を吐き立ち上がるラドーム。

彼はこういう状況を予想していなかったわけではない。

予言の勇者が現れて以降、確実にそれを狙う相手が出てくることは明らかだった。

しかしここまで早く出てくるとは思わなかっただろうし、それが同じ祈祷師からのものだった――ということが彼にとってとても悲しかった。

「ねえ、聞いているかしら? 予言の勇者、それを受け渡してくれるだけでいいのよ」

「それをみすみす許せるとでも思っているのか?」

ラドームはリュージュの問いに、はっきりと答えた。

「……ハハハ、さすがはハイダルク一の頭脳と謳われたことはあるわね、ラドーム」

「いずれにせよ、私たちラドーム学院にすでに所属している学生を、お前にみすみす渡すと思っているのか?」

「ねえ、もう話すのをやめたほうがいいのでは? 政治にはまったくと言っていいほど詳しくないけれどさ……これはどうみてもずっと平行線を辿ったまま終わってしまうと思うけれど?」

そう言ったのは、炎のように燃える髪を持った少年だった。

「……そうね。面倒なことはなるべく避けたかったけれど、致し方ないことかもしれない。けれど、まあ、あなたは少々考えが固すぎるのよね、ラドーム」

リュージュは立ち上がり、とてもつまらなそうな表情をして、炎の少年に命令する。

「バルト・イルファ。命令よ。この学院をできる限り破壊しなさい」

「人は燃やしても?」

「構わないわ」

それを聞いたとたん――彼の表情が醜く歪んだ。

まるで新しい玩具を与えられた子供のような、純粋な笑顔。

それをして、彼は右手を差し出した。

「……私を殺すかね」

こくり、と頷くリュージュ。

「殺して、何が生まれるというのかね。少なくとも何も生まれないと思うが」

「何? この状況においても、そのような発言をするわけ。まあ、あなたらしいといえばらしいけれど。そんなあなたにこの言葉を贈るわ、ラドーム」

リュージュは踵を返して、指を鳴らす。

「言論だけで戦争を止められるなら、世の中に兵器や魔法が流行するわけがないのよ」

そして、それを合図として――バルト・イルファの右手から炎が放射された。

 

 

「それで? これからどうするわけ?」

校長室にある資料をすべて燃やし尽くしたバルト・イルファは笑顔でそう言った。

「あなたは学園の破壊を最優先しなさい。私はやることがあるのよ。ある人物に会って、話をつける必要がある」

「それじゃ、別行動?」

「そういうことになるわね」

バルト・イルファは頷く。

「それじゃ僕はここから、攻撃することにするよ」

笑みを浮かべたバルト・イルファは――両手から炎を放射して、T字路の左に進んでいった。

「……一応言っておくけれど、魔力を使い過ぎないでよ? あなたは、一応無尽蔵に力があるとはいえ、それは『木の実』で得られた魔力。枯渇する可能性も十分に有り得る。もし枯渇の可能性が出てきたら急いで私のもとに来なさい。いいわね?」

「解りました。まあ、それが出来るほど、楽しませてくれるかどうか解らないですけれど」

そう言って、バルト・イルファは今度こそ歩みを進めていく。

それを見送ったリュージュは溜息を吐いて、背を向ける。

バルト・イルファは『十三人の忌み子』の一人だった。そして、その中でも優秀な実力を持っていた。実験の中でも一番の成功、と科学者が認めていた。それがバルト・イルファだった。

しかしながら、副作用ともいえることがあった。それは人間だったころの記憶を一切保持していないということ。科学者によればそれは魔力を得た代償だと言っていたが、リュージュにとってはむしろ都合が良かった。

「……まさか、バルト・イルファの人格が、『兄』という人格になったとはね。それはさすがに想定外だったけれど……」

それでも結果としては問題ない。

彼女が望む方向に、計画が進むのならば、それだけで。

「さて……話をつけに行きましょうか。もちろん、それが解決するものであるとは思っていないけれど」

そう言って、リュージュは通路を進んでいく。

目的地はただ一つ。彼女が会おうと思っている、ただ一人の女性のもとへ。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です