幕間

 

甲板から見える景色は、血のように真っ赤だった。

ブロンズのポニーテールをした少女は血のように真っ赤な世界をただ眺めていた。

「……また、ここに居たのかい?」

問いかけたのは、一人の男だった。

「ルーシー、」

少女は男の名前を呼んで、頷いた。

男は溜息を吐いて、少女の隣に立った。

「こら。ルーシーさん、だろ。いったい全体誰に似たのやら……」

ルーシーは茶化して、話を続ける。

「それにしても、どうしてここに? 別にここにはなにもないとは言わないけど……、だからと言って来る意味も無いように思えるけれど?」

「……でも、私はここに居たいの」

少女は言った。ルーシーは溜息を吐きつつも、彼女の隣から離れていく。

「……僕は君が心配だからそう言っているんだよ。君にとってはどうでもいいことなのかもしれないけれどね」

そうしてルーシーは船室へと入っていった。

少女は再び血のように真っ赤な世界を眺めるばかりだった。

 

◇◇◇

 

「アーティフィシャル・プロジェクト……ですか」

「そう。リバイバル・プロジェクトは何千年も昔の老人が考えついたアイデア。つまり古いアイデアなのよ。それをずっと続けていくのも悪くは無いけれど……、どうも非効率なのよねえ」

「……ですが、それしかないのですよね? でしたら、それをするしか方法は無いのでは……」

「ええ。でも改良は必要だった。結局のところ、神は降臨しなかった。神が降臨しない限り、世界は浄化されることはない。いや、正確に言えば、私が私の目的を果たすことは出来ない、ということになる」

「……そう、なるんですかね?」

「そうなるのよ。……あなたの理解の遅さには正直頭を抱えるくらいだけれど、それについては伏せることとしましょう。結局のところ、私の目的を果たすためにはリバイバル・プロジェクトでは失敗してしまうということだった。それについては解るかしら?」

「……それは、理解しております。重々、理解しております」

「よろしい。……しかしながら、リバイバル・プロジェクトが失敗だと解っている以上、わざわざそれを実行する必要は無い。ならば改良した別の方法を取るべきだった。それがアーティフィシャル・プロジェクト。何も難しい形じゃない。やり方は非常にシンプルなのだから」

「シンプル、ですか……」

「そう。結局のところ、そうなってしまう。物語の可能性を突き詰めたところで何も変わらない。だからこそ、私は失望したのよ。世界に、そして、ガラムドに」

 

◇◇◇

 

真っ赤な世界を見つめていた彼女だったが、はじめにその異変に気付いたのは彼女では無かった。

「……ディア! 急いでそこから離れるんだ!」

大急ぎで船室を出たルーシーに慌てることなく、彼女は言った。

「ルーシー、始まったのね?」

「だからルーシーさん、と……。ああ、そうだよ。始まった。『復(もど)りの刻』だ」

遥か下に見える下界では、真っ赤な世界が広がっているだけだった。

しかし、その真っ赤な世界から、ぽこっ、と一つ泡沫が生まれた。

それは一回だけではない。何回も、何回も。その泡沫はゆっくりと形になっていく。弾ける泡沫もあった。壊れゆく泡沫もあった。しかし、壊れない泡沫はその泡沫同士でくっついていき、軈て一つの物体となった。

「……もう何年、毎日のようにこれを見たか解らないが、やっぱり気味が悪いことには変わらないよ。それに、何というか、あの世界が、かつて僕たちが暮らしていた世界とは思えないくらい、変わってしまった」

ルーシーはその光景をただじっと眺めていた。

復りの刻。

かつて世界が正常から破綻してしまった頃、そしてゆっくりと復興していくはずだった世界を拒んだのがその現象だった。

真っ赤な世界とは、簡単に言ってしまえばそのままだ。世界の構造や外観は、かつての世界そのものだったが、色が全て赤で統一されてしまっている、ということだった。

赤の原因は不明だ。人間の血ではないかという学者も居るが、説の立証が出来ない以上何とも言えないのが現実だった。

復りの刻を迎えると、その血から人間が生まれる。正確に言えば、人間だけではない。動物全般が含まれることとなる。しかもそれはもともと生きていた人間がそのまま蘇ることを意味していた。

だからこそ、『復りの刻』という言葉が使われているのだった。復りとは、もともと生きていた人間がその時間を経て復活することを意味していた。

調査したところによると、復りの刻によって復活した人間はそのまま今まで通りの生活を送っているらしい。しかしながら、再現されるのは人形の部分のみになってしまい、細々とした部分は再現されないらしい。また声を発することが出来ないため、コミュニケーションを取ることがほぼ不可能だろうと推測されている。

ならば、復りの刻で復活した人間と生活を送ることは出来るのか? という質問が当然浮かんでくるだろう。

答えは残念ながら不可能だった。彼らは独自のコミュニティを築き上げ、それ以外の存在を淘汰していくことが明らかになったからだ。

その存在に、かつての人間も含まれていた。

人間と『復りの人間』が出会うと、コミュニティを形成している復りの人間は、コミュニティが侵略されると思い込み、人間に襲い掛かる。

対して人間にとって復りの人間はかつて同じ世界を生きていた人間そのものであり、大切な人間だったそのままの姿で出会うこととなる。だから、たとえ攻撃してこようとも反撃することが出来ない。

そして、『復りの刻』が終わるのは――日の出と同じタイミングであった。

「復りの刻が終わるまで……僕たち人間があの地平に降り立つことは出来ない。それは運命めいたものでもあるけれど、実際は違う。かつてはあの地平も、僕たちが暮らしていた」

復りの人間に対する策は未だ見つかっていない。

それは即ち、今の人類が地上に立つことを許されない――それを意味していた。

「人類はかつての英雄に対して危険視する考えも少なくない」

ルーシーは言って、地平を眺める。

地平に広がる赤い液体は人間や生物の形となり、まるでいままでと同じように動き始める。それが復りの刻以降の世界だった。

地平を追われた人類は、空へと逃げることになった。

空にも逃げることが出来なかった人類は、赤に染まっていない僅かな安全圏に住まうようになり、『抵抗軍』と呼ばれるようになった。

「抵抗軍が地位を確保出来るのは、その区域が偶然赤に染まっていなかったから。その場所はかつて『リーガル城』と呼ばれる巨大な城があった場所、それにエノシアスタの周辺だったか。その僅かな区域と、地平を捨ててこのように空を飛んでいる船で移動しているか。そのいずれかになってしまった」

なおも、彼は地平を眺める。

それを見て、少女は告げた。

「この世界を……元に戻すことは出来るのでしょうか」

「それは可能かどうか、未だに解らない。だが……、僕たちは彼に会わなければならない」

踵を返し、再び船室へと戻る。

それを見て少女もルーシーの後を追った。

「――かつて予言の勇者と謳われた、彼を探さねばならない」

 

◇◇◇

 

宇宙。

それはかつて人類が進出しようと試みた、地球の何万倍にも広い空間。

完全に無で、星々が散りばめられている以外は空気も重力も存在しない。

惑星『アース』の中心には五つの星々が散らばっていて、それがアースの周りを定期的に周回している。

その星の一つにある廃墟。かつては何かを研究していたのだろうか。その施設に足を踏み入れた一人の少女が居た。少女は宇宙空間であるにも関わらず何も装着せずに闊歩していた。

それが出来るのは、その星に僅かながら酸素の層が出来ていたことと、彼女の錬金術により水から酸素を取り出し、それを薄膜のように彼女の身体に纏わせたことが理由だった。

それが錬金術だけで出来るかと言われるとそうでもない。錬金術で同時に実行出来るのは一つだけと限られている。酸素を取り出すことと、それを身体に纏わせることは、錬金術で可能であったとしても、それぞれひとつしか実行できない。要するに複数のことを同時に実行できないのが錬金術のデメリットと言えるだろう。

「……こんなところに、彼が居るの?」

少女の隣には、また別の少女が立っていた。

「ええ。『ユグドラシル』の予測が正しければ、ここに眠っているはずですよ。彼はずっと眠っていたのでしょうね。長い間、この世界がどうなっているのか、知る由もなく……」

「ユグドラシル……。あれは随分便利だけれど、ほんとうに正しい予測演算をしているの? 確か、エノシアスタの地下に眠っていた量子? コンピューターとか言っていたけれど。実際のところ、そこまで有能なのかしら。科学技術についてはさっぱり解らないものだから」

「それは知らない。けれど、私にとって、いいや、正確に言えばあなたにとって『彼』の所在は一番気になっているポイントでもあるでしょう? それがユグドラシルによって裏付けられたとすれば、それは一番いいことじゃない。見つからなかったとしても、こんな世界にやってくることはかなり珍しいことでもあるのだから」

そう結論付けて、少女は入っていく。

もう一人の少女は、ばつの悪そうな表情をして、その少女についていくのだった。

 

 

廃墟の中は、もうしばらく人間が住んでいたような形跡が見られなかった。書類や機材が散乱しており、足の踏み場もないほどだった。少女はそれを物欲しげに眺めていたが、それよりも『彼』が優先であると判断したためか、結局紙を踏んでその上を進んでいく。

通路を進んでいくと、培養液に満たされた透明なタンクが姿を見せる。しかしながらそのタンクには培養液以外何も入っていない。かつては何か入っていたように思えるが、それを調べる余裕は無い。

「……ここね」

そして少女は一つの部屋に到着した。

「メアリー、注意したほうがいい。何か嫌な予感がする……」

「何を今さら。……それとも怖気づいたのかしら?」

メアリーと呼ばれた少女は、もう一人の少女に問いかける。

「そんなことは無い。ただ、警戒しておいたほうがいい、と忠告をしただけ。……私はしたからね」

そして、メアリーはゆっくりと扉を開けた。

扉の向こうには、巨大な石棺があった。

石棺は決して中から開くことの無いように雁字搦めにされていた。それがいったい何の意味を指すのかさっぱり理解できなかったが、とはいえ、やはりというか、メアリーは未だにその石棺に注視していた。

「レイナ。あれが……」

レイナはこくりと頷いた。

石棺は彼女たちにとって大事なものだった。

『彼』がその中に入っていると言われているからだ。

「……問題はこれをどう持ち帰るか、よね」

「それについては問題を解決しているはずだったでしょう?」

そう言ってレイナが取り出したのは、小さい蚤のような機械だった。それを幾つか取りだして、石棺の四隅に装着していく。

装着していくレイナの姿を見つめながら、メアリーは怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げる。

「……ほんとうにそれで持ち運びが出来るわけ? どうも機械って信用ならないのよね……。なーんというか、さ。こちらの思いをほんとうに汲めているのか解らないわけだし」

「機械には感情がありませんからね。ただ淡々と命令をこなすだけですよ。ただ、感情を抱いてしまうと少々厄介なことになってしまう……なんて予測もありますけれど」

「それも『ユグドラシル』によるもの?」

レイナは答えない。

そしてメアリーは溜息を吐いた。

「ま。別にいいけれど。それにしてもあなたもよくこのような僻地についてきてくれたよね。今だといろんな人が反対するんじゃないの? 昔と比べて、自由に動ける身分でも無いわけだし」

「それは私がお姫様だから、そう言っているのかな?」

装着を終えたのか、レイナが踵を返して言った。

レイナの真っ直ぐな瞳を見ると、メアリーはそれから視線を背けて、

「……気分を悪くしたなら、謝るわよ」

「いや、別に。そんなことは思っていないよ。けれど、ちょっと大変だな、って思っただけ。確かに昔はこんなことになるなんて思いもしなかった。私も、そしてあなたも。きっとそれは彼だって同じ考えだと思う」

「……、」

メアリーは答えず、ただ石棺を眺めるだけだった。

「これで……いいのよね?」

「うん。これで問題ないと思うよ。実際のところ、科学技術の最高峰が作ったものがこの巨大な石棺を動かせるとは到底思えないけれどね」

「あなたも否定しているじゃない。……ま、科学に頼るしか無いというのは、とっても悲しいことなのかもしれないけれどね」

そしてレイナは手に持っていたコントローラのボタンを押す。

すると四隅につけられた機械はゆっくりと動き出す。

「……問題無さそうだね。あとは、これを支え切れるかどうか……!」

「こいつを倒す番だね。手伝うよ」

言って、メアリーとレイナは二人でその石棺を倒し始める。

何度か押していくうちにゆっくりとそれは動き始め――やがて倒れた。

しかし蚤のような機械が支え切っているため、完全に横になってしまったわけではない。とどのつまり、その機械を使って動かしてしまおうということだった。

「あとはこれを載せて、船で帰るだけだね」

メアリーの言葉に、レイナはしっかりと頷いた。

 

◇◇◇

 

空を眺める男が居た。そこへ落ちていく一筋の光を見つめながら、ゆっくりと頷いていた。

「……やっと、君の物語が始まるよ。フル・ヤタクミ」

男はそのまま話を続ける。

「待っていたよ、フル・ヤタクミ。君に出会う機会を僕はずっと楽しみにしていたのだから」

そうして男はゆっくりと歩き始め――暗闇に姿を消した。